前著『化合物薄膜太陽電池の最新技術』が出版されたのは2007年でした。この書籍は高価な専門書であるにもかかわらずたくさんの読者を得ることができ、2013年には普及版が出版され、韓国語にも翻訳されました。これは、著者の方々が当時の最新技術をわかりやすく執筆していただいた結果であると感謝しています。それに加えて、近年の化合物薄膜太陽電池の生産拡大が大いに寄与していると考えます。昭和シェル石油の子会社であるソーラーフロンティアは、2007年、宮崎県にて20MW/年規模でCuInSe2(CIS)太陽電池の商業生産を開始し、2008年に60MW/年規模の第二工場、2011年には900MW/年規模の第三工場と生産規模を拡大し、世界最大のCIS太陽電池製造企業に成長しました。さらに、CdTe太陽電池、CIS太陽電池の次の第三の化合物薄膜太陽電池としてCu2ZnSnS4(CZTS)太陽電池も加わりました。2008年に長岡高専の片桐裕則教授がCZTS太陽電池で6.77%の変換効率を報告されてから、全世界の研究機関がこぞってこの太陽電池の研究開発に乗り出しました。
前著が出版されてからすでに7年が過ぎました。その間に、CIS太陽電池の性能は向上して、変換効率20%は世界の複数の研究機関で達成され、最近では、ドイツのZSWが21.7%の変換効率を達成しています。しかし、20%以上の変換効率を達成しているCIS膜の禁制帯幅は1.3eV以下で、太陽電池として理想的な1.4eVでは最高変換効率は得られていません。CIS太陽電池が他の太陽電池と競争してこれからも市場を拡大していくためには、さらなる変換効率の向上は必要条件です。また、CZTS太陽電池の変換効率についても12.6%まで向上したものの、全世界の研究機関が精力的に取り組んでいるにもかかわらず、まだ15%の変換効率の見通しは立っていません。CZTS太陽電池が希少金属元素を含まない、資源的な制約のない化合物薄膜太陽電池として市場に出て行くためには、CIS太陽電池と同等の変換効率を達成することが必要条件です。?-?族半導体を用いた超高効率太陽電池についても技術は進歩して集光型太陽電池で変換効率はほぼ45%に達しています。現在、日・米・欧の主要な研究機関が変換効率50%を目指して、しのぎを削っている段階です。
このような中で、今回出版する『化合物薄膜太陽電池の最新技術?』は、様々な課題を解決するためのヒントとなり、これからの化合物薄膜太陽電池の進展に大いに貢献すると自負しています。本書が前著と同様に化合物薄膜太陽電池に興味を持つ学生や若手技術者、研究者のお役にたてば幸いです。そして、日本の化合物薄膜太陽電池に関する研究開発がますます発展することを期待しています。
2014年9月
龍谷大学
和田隆博
目次
第1章 CIS太陽電池
1 CIGS太陽電池の高効率化技術 (石塚尚吾)
1.1 CIGS太陽電池の歴史
1.2 CIGS太陽電池の高効率化 ―ブレークスルー1(1994年頃)―
1.3 CIGS太陽電池の高効率化 ―ブレークスルー2(2014年頃)―
1.4 CIGS太陽電池の高効率化 ―今後の展望―
2 CIS系薄膜太陽電池モジュールの最新技術 (櫛屋勝巳)
2.1 pnヘテロ接合デバイスとしてのCIS系薄膜太陽電池
2.2 p型CIS系光吸収層の製膜技術と商業生産の現状
2.3 CIS系薄膜太陽電池モジュールの新商品
3 フレキシブルCIGS太陽電池 (石塚尚吾)
3.1 軽量・フレキシブル太陽電池の利点
3.2 フレキシブル基板
3.3 アルカリ添加技術
3.4 フレキシブルCIGS太陽電池モジュール
4 高効率CdフリーCIGS薄膜太陽電池 (中田時夫)
4.1 はじめに
4.2 CdフリーCIGS薄膜太陽電池の構造と性能
4.3 製膜法
4.3.1 溶液成長法(CBD:Chemical Bath Deposition)
4.3.2 ALD法
4.3.3 スパッタ法
4.4 バッファ層の役割
4.4.1 II族元素のCIGS膜中への拡散とpn接合形成
4.4.2 伝導帯オフセットの最適化
4.5 むすび
5 CIGS太陽電池の宇宙応用 (川北史朗)
5.1 はじめに
5.2 Cu(In,Ga)Se2薄膜太陽電池の放射線特性
5.3 Cu(In,Ga)Se2薄膜太陽電池の宇宙実験
5.4 まとめ
6 CIS系薄膜太陽電池モジュールによる太陽光発電システム
〜住宅用からメガソーラー発電所まで (櫛屋勝巳)
6.1 はじめに〜太陽光発電市場の“固定価格全量買い取り制度”による変化
6.2 CIS系薄膜太陽電池モジュールによる住宅用太陽光発電システム
6.3 CIS系薄膜太陽電池モジュールによる産業用太陽光発電システム
6.4 CIS系薄膜太陽電池モジュールによるメガソーラー発電所
6.5 まとめ〜Grid Parityの時代に向けて
第2章 CZTS太陽電池
1 Cu2ZnSnS4系太陽電池の基礎 (和田隆博、前田毅)
1.1 はじめに
1.2 Cu2ZnSnS4系化合物の結晶構造
1.3 Cu2ZnSnS4系化合物の欠陥構造
1.4 Cu2ZnSn(S,Se)4系固溶体およびCu2Zn(Sn,Ge)Se4系固溶体
2 硫化法によるCZTS太陽電池の作製 (片桐裕則)
2.1 はじめに
2.2 組成比に対する変換効率の分布
2.3 CZTS化合物ターゲットによるセル作製
2.4 今後の展開
3 蒸着法によるCZTSe太陽電池の作製 (柴田肇、反保衆志、仁木栄)
3.1 はじめに
3.2 蒸着法によるCZTSe薄膜の作製結果
3.3 As-grownのCZTSe薄膜を用いて作製した太陽電池の性能
3.4 熱処理を施したCZTSe薄膜を用いて作製した太陽電池の性能
3.5 まとめ
4 CZTS太陽電池モジュールの高効率化 (杉本広紀)
4.1 背景
4.2 CZTSサブモジュールの開発
4.3 CZTSSeサブモジュールの開発
4.4 まとめ
5 CZTS太陽電池のキャラクタリゼーション (野崎洋、田島伸、深野達雄)
5.1 CZTS薄膜材料の異常分散効果を利用した粉末X線結晶構造解析
5.2 走査型広がり抵抗顕微鏡法によるCZTS薄膜形成過程の観察
5.3 硬X線光電子分光法によるCdSバッファ層/CZTS界面のバンドダイアグラム解析
5.4 その他の解析
第3章 化合物薄膜太陽電池の最近の展開
1 Ag(In,Ga)Se2系太陽電池 (山田明)
1.1 Ag(In,Ga)Se2材料の意義
1.2 Ag(In,Ga)Se2太陽電池およびタンデム型太陽電池の開発状況
1.3 Ag(In,Ga)Se2太陽電池の取組み
2 CdTe太陽電池 (岡本保)
2.1 CdTe多結晶薄膜太陽電池の現状
2.2 CdTe多結晶薄膜太陽電池の構造と作製プロセス
3 Cu2SnS3系太陽電池 (荒木秀明)
3.1 はじめに
3.2 CTSとは
3.3 合金プリカーサの硫化によるCTS薄膜の作製と太陽電池デバイス化
3.4 合金プリカーサの硫化により作製したCTS薄膜の特性
3.5 同時蒸着法を用いて作製したCTS太陽電池
3.6 おわりに
4 CuSbS2系太陽電池 (池田茂)
4.1 はじめに
4.2 CuSbS2薄膜の作製
4.3 変換効率向上のための膜物性の改善
4.4 太陽電池特性
4.5 おわりに
5 SnS系太陽電池の現状と課題 (杉山睦)
5.1 はじめに
5.2 SnS薄膜の成長
5.3 SnS薄膜の特性
5.4 p型SnSに適したn型半導体の検討
5.5 おわりに
6 Cu2O太陽電池 (南内嗣)
6.1 はじめに
6.2 Cu2O太陽電池研究の経緯と現状
6.3 Cu2Oヘテロ接合太陽電池の作製技術
6.4 n-酸化物半導体/p-Cu2Oヘテロ接合太陽電池の特性
6.5 おわりに
第4章 化合物薄膜太陽電池の製造プロセス
1 スプレー熱分解法によるCIS系太陽電池の作製 (根上卓之)
1.1 はじめに
1.2 スプレー熱分解法の特徴と製膜過程
1.3 CuInS2系太陽電池
1.4 おわりに
2 電着法によるCZTS太陽電池 (池田茂)
2.1 はじめに
2.2 電着CZTS太陽電池研究の動向
2.3 CZTS薄膜作製プロセス
2.4 薄膜クオリティーの改善
2.5 おわりに
3 ナノ粒子法によるCZTS太陽電池の作製 (張毅聞)
3.1 はじめに
3.2 CZTSナノ粒子の合成
3.3 製膜の塗布技術
3.4 CZTS膜の焼結
3.5 デバイスの分析
3.6 おわりに
4 印刷/焼結法によるCu2ZnSnS4系およびCu2SnS3系太陽電池の作製 (和田隆博)
4.1 はじめに
4.2 印刷/高圧焼結法によるCu2ZnSnS4系太陽電池の作製
4.3 印刷/高圧焼結法によるCu2SnS3太陽電池の作製
第5章 化合物薄膜太陽電池のキャラクタリゼーション
1 XPSおよびUPSを用いた電子構造評価 (寺田教男)
1.1 はじめに
1.2 CIGS/バッファ界面におけるバンド接続状態
1.3 CZTSSe/バッファ界面におけるバンド接続状態
1.4 おわりに
2 化合物薄膜太陽電池の欠陥準位評価 (櫻井岳暁、M. M. Islam、秋本克洋)
2.1 はじめに
2.2 浅い欠陥準位評価
2.2.1 アドミッタンススペクトロスコピー法
2.2.2 浅い欠陥準位の検出例
2.3 深い欠陥準位評価
2.3.1 光容量過渡分光法
2.3.2 深い欠陥準位の検出例
2.4 まとめ
3 走査プローブ顕微鏡を用いたキャラクタリゼーション (髙橋琢二)
3.1 はじめに
3.2 CIGS太陽電池試料
3.3 結晶粒界近傍のバンドダイアグラムの解析
3.4 光励起キャリア再結合プロセスの解析
3.4.1 P-KFMによる光起電力減衰時定数測定
3.4.2 AFM光熱分光法(PT-AFM)
3.5 まとめ
第6章 化合物薄膜太陽電池の要素技術
1 第一原理計算を用いた化合物薄膜太陽電池材料の設計 (前田毅、和田隆博)
1.1 はじめに
1.2 CuInSe2の電子構造
1.3 CuInSe2における格子欠陥の形成エネルギーと欠陥準位
1.4 Cu(In,Ga)Se2におけるCu,Ga,In原子の拡散とCIGS膜の製造プロセス
1.5 化学析出法によるバッファ層の堆積時におけるCIGS膜表面へのCdのドーピング
1.6 Cu2ZnSnS4系化合物の結晶構造
1.7 CZTS系化合物の電子構造の特徴
1.8 Cu2ZnSnS4系化合物における欠陥の形成エネルギーと欠陥準位
1.9 CZTSおよびCZTSeにおけるCu,Zn,Sn原子の拡散
2 デバイスシミュレーションの基礎と高効率太陽電池 (山田明)
2.1 CIGS薄膜太陽電池の特徴
2.2 光吸収層のバンドギャップ制御による高効率化
2.3 CdS/CIGSヘテロ接合界面制御による高効率化
3 CBD法によるバッファ層の形成技術 (伊﨑昌伸)
3.1 はじめに
3.2 CBD法により作製されたCdSおよびZn(OOHS)層の構造
3.3 CBD法によるCdSおよびZnSなどの析出反応式
3.3.1 CdSのCBD析出反応式
3.3.2 ZnSのCBD析出反応式
3.3.3 Cu(OS)のCBD析出反応式
3.4 CBD法に関係する主な水溶液化学反応
3.4.1 酸化―還元反応:電子交換反応
3.4.2 酸―塩基反応:プロトン交換反応
3.4.3 配位子交換反応
3.4.4 標準生成ギブスの自由エネルギーとKおよびE0との関係
3.4.5 溶解度積
3.5 アンモニアアルカリ性Zn塩水溶液からのZn(OOHS)層形成への適用
3.5.1 水溶液中に存在する化学種と錯化剤およびpHの影響
3.5.2 Zn-水およびZn-NH3-水系電位-pH図
3.5.3 ZnO,Zn(OH)2,ZnSの溶解度曲線と温度の影響ならびにCBD析出機構
4 ドライプロセスによるバッファ層の形成技術 (峯元高志)
4.1 はじめに
4.2 CIGS太陽電池におけるドライプロセスバッファ
4.2.1 バッファ層材料の選択
4.2.2 バッファ層形成技術の選択
4.2.3 ドライプロセスバッファを用いたCIGS太陽電池
4.3 さいごに
5 スパッタ法によるCIGSおよびCZTS太陽電池の製造装置
5.1 スパッタ法によるCIGS太陽電池製造装置のターンキー生産ライン (Esko Niemi)
5.1.1 序論
5.1.2 様々な材料のスパッタリング
5.1.3 光ディスク技術の応用
5.1.4 基板材料および厚みの選択
5.1.5 DUO装置の標準構成
5.1.6 太陽電池の性能
5.1.7 結論
5.2 スパッタ法によるCZTS太陽電池の研究開発装置 (Jan Sterner)
5.2.1 序論
5.2.2 セルのコンセプト
5.2.3 省スペースなCZTS膜成長の処理プロセス
5.2.4 膜の分解
5.2.5 スパッタによるCZTS太陽電池の性能
5.2.6 結論
6 CIGS・CZTS化合物系薄膜太陽電池 パターニング技術 (岡本慶太郎)
6.1 CIGS化合物系薄膜太陽電池とパターニングに関して
6.2 集積化における発電ロスの改善
6.3 MDIの高性能パターニング技術
6.4 MDI独自のパターニングツール
6.5 MDIの最新技術
6.5.1 パターニングヘッド
6.5.2 集塵機構
6.5.3 P1倣いパターニング
6.6 MDIのP1レーザパターニング
6.7 CIGS太陽電池のパターニングのワンストップソリューション
6.7.1 レーザドリリング
6.7.2 その他の工程
6.8 フレキシブル基板へのパターニング技術開発
6.9 CZTSへの取り組み
7 欧州における化合物薄膜太陽電池の研究 (西脇志朗)
7.1 研究開発の基盤
7.2 研究機関
7.2.1 ドイツ
7.2.2 フランス
7.2.3 スイス
7.2.4 ポーランド
7.2.5 ルクセンブルグ
7.3 まとめ
8 海外企業におけるCIGS・CdTe等化合物半導体太陽電池の商業化への
取り組み状況 (大東威司)
8.1 総論
8.2 先行企業の取り組み
8.2.1 First Solar(米/マレーシア)【CdTe】
8.2.2 TSMC Solar(台)(Stionとの提携)
8.2.3 Hanergyグループ(中)
8.2.4 Solibro(独)(Hanergyグループ(中))
8.2.5 MiaSolé(米)(Hanergyグループ(中))
8.2.6 Global Solar Energy(米)(Hanergyグループ(中))
8.2.7 Ascent Solar(米)
8.2.8 Calyxo(独)【CdTe】
8.3 スタートアップ企業の取り組み
8.3.1 Stion(米)
8.3.2 Dow Chemical(NuvoSun)(米)
8.3.3 HelioVolt(米)
8.3.4 Sunshine PV(台)
8.4 その他の企業の状況(撤退・売却など)
8.4.1 Abound Solar(米)
8.4.2 Antec Solar(独)【CdTe】
8.4.3 AQT Solar(米)
8.4.4 Arendi(伊)【CdTe】
8.4.5 Avancis(独)
8.4.6 Hyundai Avancis(韓)(AvancisとHyundai Heavy Industriesの合弁事業)
8.4.7 Bosch Solar CISTech(独)
8.4.8 DayStar Technologies(米)
8.4.9 Nanosolar(米)
8.4.10 Odersun(独)
8.4.11 Scheuten Solar(蘭)
8.4.12 Solarion(独)
8.4.13 SoloPower(米)
8.4.14 Soltecture(旧Sulfercell Solartechnik)(独)
8.4.15 Solyndra(米)
8.4.16 Sunvim(中)
8.4.17 Würth Solar(独)(ZSW/Manzと提携)
8.4.18 General Electric/PrimeStar Solar(米)
8.4.19 その他の企業
8.5 まとめ
第7章 超高効率太陽電池
1 超高効率太陽電池の基礎 (山口真史)
1.1 はじめに
1.2 超高効率太陽電池の基礎と今後の展望
1.2.1 III-V族化合物半導体太陽電池の基礎
1.2.2 界面再結合損失
1.3 高効率III-V族化合物多接合太陽電池の主要要素技術
1.4 最近の高効率化の進展
1.5 今後の展望
2 超高効率太陽電池用高品質薄膜の作製技術 (杉山正和)
2.1 III-V族化合物半導体エピタキシャル結晶の成長法
2.2 各種成長法の比較
2.3 III-V族半導体による多接合太陽電池用結晶成長技術
2.4 高効率多接合太陽電池用III-V族半導体結晶成長技術の実際
2.4.1 格子緩和バッファー
2.4.2 GaInNAs
2.4.3 歪み補償量子井戸
3 超高効率太陽電池の作製 (高本達也)
3.1 はじめに
3.2 逆積3接合構造による高効率化
3.3 逆積3接合太陽電池の製造プロセス
3.4 逆積3接合構造の集光型太陽電池
3.5 逆積3接合型太陽電池の特性
3.6 おわりに
4 量子ナノ構造太陽電池 (岡田至崇)
4.1 量子ドット太陽電池の可能性
4.2 中間バンド型量子ドット太陽電池の特徴と現状
4.3 今後の展望
5 超高効率太陽電池の宇宙応用 (今泉充)
5.1 はじめに
5.2 宇宙用3接合太陽電池の出力特性
5.3 宇宙用3接合太陽電池の放射線劣化特性
5.4 放射線劣化の予測