世界の添加剤メーカーにおける新規添加剤の研究開発競争は、1970年代後半から1980年代にかけてが熾烈で、多くの特長ある添加剤が上市された。添加剤のユーザーであるポリオレフィンメーカーにも添加剤グループや添加剤の専門家がおられ、添加剤メーカーとポリマーメーカーとの交流も学会含め活発であり、お互いが切磋琢磨し、レベルアップに努めた時代であった。
しかし2000年代に入り、新しい添加剤の研究開発はすっかり下火となり、研究体制を縮小したり、ポリオレフィンメーカーの添加剤グループもいつの間にか解散状態となったりで、近年添加剤が解る専門家が非常に少なくなった感がある。このままでは、高分子材料の劣化や品質トラブルに遭遇した時に、適切な原因究明と対策が解らずに、相談する相手もなく困られるという事態が懸念される。このような背景も踏まえ、品質向上やトラブル対策への一助になればという思いから本作の執筆に至った。
本書ではよく見られる性能の優劣の紹介だけではなく、何故そうなるか?というメカニズムや考え方にも力点を置き、初・中級者から上級者まで添加剤に関わるあらゆる方に役立てることを意識して執筆した。
本書は「第1部 基礎編(基礎理論)」、「第2部 応用編(実用)」、「第3部 考察編(理論的考察)」の全3部から構成されている。基礎編では、高分子材料の劣化と安定化の基礎的なことをメカニズムも交えて詳しく説明している。応用編では、それをベースに高分子材料の劣化や品質トラブルを防ぐための基本的考え方や配合事例を紹介し、より実用的な観点から解説した。ここでも、単なる性能の優劣の紹介にとどまらず、理論的に何故そうなるかの説明を心がけた。
上記までの基礎編と応用編の内容で筆者は添加剤セミナーを過去数十回行ってきたが、本書ではそれに加え、新たに考察編を書き下ろした。考察編は上級者向けと言えるもので、長年添加剤の研究開発、配合設計や理論解析に携わった大学や企業の研究者の方、押出作業などの成形加工に携わり成形加工時のトラブル解決の糸口が見つからなくて困っておられる方などに非常に参考になるのではないかと考える。また、全編通しても随所に参考になると思われる知見を追記している。
本書が皆様のこれからの業務、研究活動の判断材料にお役に立てば幸いでございます。
著者
八児 真一 氏
【著者紹介】
■学歴:
1973年 九州工業大学 工学部 工業化学専攻 修士課程修了
■職歴
樹脂添加剤一筋44年!
1973年 住友化学工業株式会社(現 住友化学株式会社) 入社
1996年 共同薬品株式会社 子会社へ在籍出向
2011年 堺化学工業株式会社 親会社へ転籍出向
2013年 サンケミカル株式会社 嘱託契約
2016年 第一化成株式会社 顧問契約
■ご専門および得意な分野・研究
樹脂添加剤(主に酸化防止剤、光安定剤)
■ご受賞歴
1991年 近畿化学協会 化学技術賞 Sumilizer GM、GS 関連
目次
【第1部】基礎編(基礎理論)
第1章 高分子の劣化
1.劣化因子と劣化現象
2.劣化機構
2.1 自動酸化機構
2.2 C-H結合の結合解離エネルギー
2.3 自動酸化機構の検証(事例)
2.4 光酸化劣化機構
2.5 Chromophore
第2章 高分子の安定化
1.安定剤の種類
2.安定化機構
3.酸化防止剤(AO)の安定化メカニズム
3.1 フェノール系酸化防止剤(AO)の安定化メカニズム
3.2 ラジカル連鎖禁止機構の検証(事例)
3.3 アミン系酸化防止剤(AO)の安定化メカニズム
3.4 リン系酸化防止剤(AO)の安定化メカニズム
3.5 イオウ系酸化防止剤(AO)の安定化メカニズム
4.光安定剤の安定化メカニズム
4.1 紫外線吸収剤(UVA)の安定化メカニズム
4.2 Niクエンチャーの安定化メカニズム
4.3 HALSの安定化メカニズム
5.金属不活性化剤の安定化メカニズム
6.熱劣化防止剤
6.1 熱劣化と熱酸化劣化
6.2 熱劣化防止剤(Sumilizer GM)の安定化のメカニズム
7.安定剤の機能分類は何を表しているか?
【第2部】応用編(実用)
第1章 安定剤配合設計の基本的考え方と留意点
1.安定剤配合設計の留意点
2.安定剤の性能評価フロー
3.相乗作用と拮抗作用
4.加工安定処方
4.1 基本的考え方
4.2 PP繰り返し押出試験(事例)
4.3 リン系AOの加水分解性(事例)
4.4 リン系AOの金属腐食性(事例)
5.耐熱処方
5.1 基本的考え方
5.2 フェノール系AO/イオウ系AO の相乗効果(事例)
5.3 水素結合による会合性(仮説)
5.4 一般的な相乗機構
5.5 協奏的相乗効果(仮説)
5.6 IRによる水素結合性の検証
6.耐候処方
6.1 基本的考え方
6.2 UVA/HALS の相乗効果(事例)
6.3 HALS/ イオウ系AO の拮抗作用(事例)
6.4 HALS/ イオウ系AO の拮抗メカニズム
第2章 外観不良・欠陥のメカニズムと対策
1.変色問題
1.1 変色原因と対策の基本的考え方
1.2 変色原因
1.3 変色メカニズム
1.4 変色促進試験(再現試験)
1.5 HALSの変色促進作用とメカニズム(事例)
1.6 リン系AOの変色防止とメカニズム(事例)
2.ブリード問題
2.1 ブリード発生原因と対策の基本的考え方
2.2 構造式からブリード予測困難な理由(事例)
2.3 リン系AOのブリード性(事例)
3.フィッシュアイ問題
3.1 発生原因と対策の基本的考え方
3.2 SBSシュリンクフィルムのフィッシュアイとその防止
3.3 SBS樹脂のメルトインデクサー滞留テスト(事例)
3.4 Sumilizer GMのフィッシュアイ防止メカニズム
4.光沢低下問題
4.1 光沢低下原因と対策の基本的考え方
4.2 SBS樹脂の射出成形時の光沢低下防止対策(事例)
5.クラック問題
5.1 クラック発生原因と対策の基本的考え方
【第3部】考察編(理論的考察)
第1章 熱劣化と熱酸化劣化について
第2章 Sumilizer GMと1076との熱酸化劣化と熱劣化の比較試験
第3章 Sumilizer GMの二官能安定化機構の検証について
1.構造式と性能の相関性からの検証?
2.重水素化モデル実験からの検証?
第4章 両ヒンダードフェノール系酸化防止剤が何故熱劣化防止しないのか?
第5章 押出機の中は、熱劣化か?熱酸化劣化か?について
第6章 Sumilizer GS がSumilizer GM より優れる理由について
1.Sumilizer GMの変色機構解析
2.Sumilizer GMの耐変色性の改良検討
3.Sumilizer GMの熱劣化防止性能の改良検討
4.Sumilizer GSがSumilizer GMの熱劣化防止性能より優れる理由
第7章 理論的アプローチから開発された安定剤について
1.分子間相乗効果理論と分子内相乗効果理論から開発されたAO
2.HALS の安定化機構から開発されたNOR タイプのHALS
第8章 高分子材料の変色問題に関する疑問点について
(Q1)暗所変色の原因はすべてフェノール系酸化防止剤(AO)か?
(Q2)紫外線を照射して退色するのはなぜか? また、そのメカニズムは?
(Q3)黄変とピンキングは同じ原因か?
(Q4)なぜ、黄変とピンキングのトラブルはいつも起こらないで、稀にしか起こらないのか?
(Q5)簡便なNOx試験法は?
第9章 スパンデックス用添加剤処方について
1.スパンデックスについて
2.スパンデックスの添加剤配合例
3.スパンデックス用添加剤の技術動向・変遷
3.1 酸化防止剤
3.2 紫外線吸収剤
3.3 その他添加剤
3.4 ゼネリック品(コピー品)
第10章 今後の新規安定剤(AO, HALS, UVA)の開発の可能性について
1.フェノール誘導体
2.クレゾール誘導体
3.キシレノール誘導体
4.HALS
5.UVA
6.化審法登録新規酸化防止剤
7.まとめ