リビングラジカル重合は、高活性なラジカルを手なずけて活用することで、構造が精密に制御された高分子を合成することのできる優れた重合手法であり、その原点は1900年のフリーラジカルの発見にあり、1956年のリビングアニオンの発見によって新たな命が吹き込まれた。1970年代から1980年代の先進的な研究によってリビングラジカル重合の道が築かれ、1990年代に入ってリビングラジカル重合の世界は一気に花開いた。現在、リビングラジカル重合によって合成される高分子材料は、高分子工業だけでなく、ロボット産業から医用材料まであらゆる分野で必要とされる高性能材料を提供するためになくてはならないものとなっている。21世紀に入って既に四半世紀を迎えようとしている今、リビングラジカル重合に関する基礎学術的なアプローチによる研究は、新しいリビングラジカル重合を開発する最初のステージから、それらをさらに高性能化し汎用性を高めていく第2ステージへと移っている。
リビングラジカル重合系は多様化し、様々な要求に応えられる骨太の高分子合成法として成長を続けている。さらに、配列制御や立体規則性制御などの高度な高分子構造制御が可能になっている。また、応用・実用面への展開は留まることなく、リビングラジカル重合が関連する応用分野は、ゴム・シーリング、粘接着、分散安定剤、微粒子、医用材料、トライボロジーなど実に多岐にわたっている。個々の技術や事例については各章の記述をご覧頂きたい。また、本書はリビングラジカル重合に焦点をあてたものであるが、今回、カチオン重合やアニオン重合をご専門とする方にも幾つかの章の執筆をお願いした。そのことによって、リビングラジカル重合の特徴がより鮮明になり、また今後リビングラジカル重合に求められる課題が浮き彫りになると考えたためである。高分子に関わる研究者や技術者にとって、本書がリビングラジカル重合のバイブルとなり、ひとりでも多くの方の助けとなることを願っている。(「はじめに」より抜粋)
目次
〔第Ⅰ編 基礎研究概説〕
第1章 リビングラジカル重合:総論
1 はじめに
1.1 ラジカル重合
1.2 連鎖重合
2 リビング重合とリビングラジカル重合
2.1 リビング重合の定義
2.2 リビング重合の発展とリビングラジカル重合
2.3 リビング重合とドーマント種
2.4 精密重合
2.5 リビング重合の特徴
2.6 リビング重合の実証
2.7 リビング重合と高分子精密合成
第2章 ニトロキシドを用いるリビングラジカル重合と動的共有結合ポリマー
1 はじめに
2 ニトロキシドラジカルを用いるリビングラジカル重合
2.1 ニトロキシドラジカル添加によるリビングラジカル重合
2.2 アルコキシアミン骨格を利用した精密高分子合成
3 ニトロキシドラジカルを用いる動的共有結合ポリマーの設計
3.1 動的共有結合化学とアルコキシアミン骨格
3.2 主鎖型動的共有結合ポリマーの設計
3.3 側鎖型および架橋型動的共有結合ポリマーの設計
4 おわりに
第3章 原子移動ラジカル重合によるシークエンス制御
1 緒言
2 交互共重合性モノマーを用いた配列制御
3 非共役モノマー種を用いた配列制御
4 かさ高さを用いた配列制御
5 環化重合を用いた配列制御
6 高効率的不活性化が可能なATRPを用いた配列制御
7 結言
第4章 RAFT重合による機能性高分子の分子設計・合成
1 はじめに
2 共役ジエン類のRAFT重合
3 ジビニルモノマー類のRAFT重合
4 反応性ハロゲン部位を有するビニルモノマー類のRAFT重合
5 おわりに
第5章 リビングラジカル重合系における立体構造制御
1 はじめに
2 拘束空間による立体構造制御
3 モノマー置換基による立体構造制御
4 溶媒や添加物による立体構造制御
5 おわりに
第6章 有機テルル化合物を用いるラジカル重合
1 はじめに
2 重合条件と反応機構
3 TERPによる高分子エンジニアリング
3.1 ホモポリマーの合成
3.2 共重合体の合成
3.3 重合末端の変換
3.4 官能基を持つ開始剤の合成と利用
4 多分岐高分子の制御合成
5 まとめ
第7章 制御重合を活用したラジカル重合反応の停止機構の解析
1 はじめに
1.1 研究の背景とコンセプト
1.2 これまでの研究報告
2 機構解明の手法
2.1 リビングラジカル重合法を利用した重合停止反応の解析方法
2.2 反応機構解析に用いられるリビングラジカル重合法とその反応方法
3 各モノマーについての重合停止反応機構の決定
3.1 MMA
3.2 スチレン
3.3 アクリレート
3.4 イソプレンの重合停止反応機構
4 停止反応機構に対する溶媒粘度の効果
5 まとめ
第8章 活性種の直接変換による新しい精密重合
1 はじめに
2 間接的な活性種の変換
3 直接的活性種の変換
4 炭素―ハロゲン結合を介した直接活性種変換
5 RAFT末端をドーマント種として介した直接的活性種変換と相互変換重合
6 まとめ
第9章 RAFT機構によるリビングカチオン重合
1 はじめに
2 カチオンRAFT重合の反応機構
3 カチオンRAFT重合における連鎖移動剤
4 カチオンRAFT重合におけるカチオン源
5 カチオンRAFT重合におけるモノマー
6 カチオンRAFT重合を用いた精密高分子合成
7 まとめ
第10章 リビングカチオン重合による機能性高分子の合成
1 はじめに
2 リビングカチオン重合の基礎
2.1 比較的弱いルイス酸を単独で用いる系
2.2 強いルイス酸と添加物を組み合わせた系
2.2.1 添加塩基(ルイス塩基)の系
2.2.2 添加塩の系
3 リビングカチオン重合の新しい展開
4 リビングカチオン重合を用いた種々の機能性高分子合成
4.1 植物由来モノマーから新しいバイオベース材料へ
4.2 刺激応答性材料
4.3 種々のポリマーによる表面・界面機能の制御
5 まとめ
第11章 リビングアニオン重合による水溶性・温度応答性高分子の合成
1 はじめに
2 水溶性・温度応答性ポリ(メタ)アクリルアミドの合成
2.1 N,N -ジアルキルアクリルアミド類のアニオン重合
2.2 保護基を有するN-イソプロピルアクリルアミドのアニオン重合
2.3 N,N -ジアルキルメタクリルアミドのアニオン重合
2.4 α-メチレン-N-メチルピロリドンのアニオン重合
3 水溶性・温度応答性ポリメタクリル酸エステルの合成
4 おわりに
〔第Ⅱ編 機能性高分子開発〕
第1章 リビングラジカル重合による高透明耐熱ポリマー材料の設計
1 はじめに
2 耐熱性アクリルポリマーの設計
3 ポリ置換メチレンの分子構造設計
3.1 マレイミド共重合体
3.2 ポリフマル酸エステル
4 ジチオ安息香酸エステルを用いるDiPFのRAFT重合
5 トリチオカーボネート誘導体を用いるDiPFのRAFT重合
6 おわりに
第2章 リビングラジカル重合によるPOSS含有ブロック共重合体の合成
1 はじめに
2 RAFT法によるPOSS含有ブロック共重合体の合成
2.1 POSS含有ブロック共重合体の分子設計
2.2 RAFT法によるホモポリマーの合成
2.3 RAFT法によるブロック共重合体の合成
2.4 PMAPOSS-b-PTFEMAのバルクにおける高次構造解析
2.5 PMAPOSS-b-PTFEMAの薄膜構造解析および誘導自己組織化(Directed Self‒Assembly:DSA)
3 おわりに
第3章 異種材料接着を指向した表面開始制御ラジカル重合による表面改質
1 はじめに
2 表面開始制御ラジカル重合
3 高分子電解質ブラシによる接着
4 今後の課題と展望
第4章 リビングラジカル重合によるジャイアントベシクルの合成
1 はじめに
2 ポリイオンコンプレックスによるジャイアントベシクル形成
3 pH応答ジブロック共重合体によるジャイアントベシクル形成
4 おわりに
第5章 リビングラジカル重合による両親媒性ポリマーの合成と精密ナノ会合体の創出
1 はじめに
2 両親媒性ランダムコポリマー
2.1 精密合成
2.2 一分子折り畳みによるユニマーミセル
2.3 精密自己組織化による多分子会合ミセル
2.4 温度応答性ミセル
2.5 ナノ構造構築と機能
3 タンデム重合による両親媒性グラジエントコポリマー
4 末端選択的エステル交換と両親媒性局所機能化ブロックコポリマー
5 両親媒性環化ポリマー
6 両親媒性ミクロゲル星型ポリマー
7 おわりに
第6章 リビングラジカル重合を用いた機能性高分子微粒子の合成
1 はじめに
2 リビングラジカル重合による架橋粒子
3 リビングラジカル重合による中空(カプセル)粒子
4 リビングラジカル重合による内部モルフォロジーの制御
5 リビングラジカル重合による粒子表面性質制御
6 重合誘起自己組織化法(PISA)による微粒子の合成
7 おわりに
第7章 水酸基含有ビニルエーテル類の精密ラジカル重合と機能
1 はじめに
2 ビニルエーテル類の単独ラジカル重合が可能になるまで
3 水酸基含有ビニルエーテル類のフリーラジカル重合
4 水酸基含有ビニルエーテル類のRAFTラジカル重合
5 種々の水酸基含有ビニルエーテルを含むポリマーの合成・機能・応用
第8章 ポリマーバイオマテリアルの合成と医用材料への展開
1 はじめに
2 薬物担体の設計
3 バイオコンジュゲーション
4 生分解性ポリマー
5 表面改質(抗ファウリング,抗菌性)
6 おわりに
第9章 ラジカル的な炭素―炭素結合交換反応を用いる自己修復性ポリマー
1 はじめに
2 ジアリールビベンゾフラノン(DABBF)の特徴と反応性
3 DABBF骨格を有する自己修復性ポリマー
3.1 DABBF骨格を有する架橋高分子の合成と反応性
3.2 DABBF骨格を有する自己修復性高分子ゲルの設計
3.3 DABBF骨格を有する自己修復性バルク高分子の設計
4 おわりに
第10章 クリック反応およびリビングラジカル重合による機能性微粒子の調製
1 はじめに
2 クリック反応およびリビングラジカル重合による高分子微粒子の表面修飾と機能創出
2.1 アジ化ナトリウムを用いたα-ハロエステル基のアジド基への変換
2.2 ATRP開始基を有するカチオン性およびアニオン性高分子微粒子の合成
2.3 高分子微粒子表面のATRP開始基のアジド化
2.4 CuAACを利用した蛍光ラベル化によるATRP開始基の表面濃度およびグラフト密度の評価
3 高分子微粒子表面のグラフト鎖による機能発現
4 おわりに
第11章 光精密ラジカル重合を用いる高分子の設計と合成
1 はじめに
2 ニトロキシドを用いる光精密ラジカル重合法
3 光照射で進行するRAFT重合による光精密ラジカル重合法
4 光原子移動ラジカル重合による光精密ラジカル重合法
〔第Ⅲ編 応用展開〕
第1章 リビングラジカル重合法を用いた高機能ポリマー“TERPLUS”の開発
1 はじめに
2 有機テルル化合物を用いるリビングラジカル重合法(TERP法)
3 粘着剤開発への応用
4 TERP法を応用した粘着剤
5 顔料分散剤開発への応用
6 TERP法を応用した顔料分散剤
7 生産体制
8 まとめ
第2章 原子移動ラジカル重合を利用したテレケリックポリアクリレートの開発
1 序論
2 テレケリックポリアクリレートの開発の背景
3 工業化技術
4 特性と用途
5 おわりに
第3章 リビングラジカル重合の工業化と応用例
1 はじめに
2 アルケマのNMP機構:BlocBuilder® MA
3 アクリル系ブロックコポリマー:Nanostrength®
4 ブロックコポリマーによるエポキシ樹脂のじん性改質
5 ナノ構造PMMAキャスト板
6 NMPリビングポリマー:Flexibloc®
7 おわりに
第4章 有機触媒型制御重合を用いた新しい機能性ポリマー製造技術の開発
1 諸言
2 有機触媒型制御重合の反応機構と触媒
3 機能性ポリマーの開発と色材への実用化事例
3.1 顔料分散剤
3.2 水性顔料インクジェットインクへの応用
3.2.1 顔料分散剤の構成
3.2.2 顔料分散性と保存安定性
3.3 無機顔料の表面処理剤への応用
3.3.1 顔料表面処理剤の構成
3.3.2 顔料の表面処理と顔料分散性
4 最後に
第5章 リビングラジカル共重合による精密ニトリルゴムの合成
1 はじめに
2 リビングラジカル重合
3 開発の動機
4 遷移金属触媒を用いるリビングラジカル重合
5 ルテニウム触媒による重合
6 鉄触媒による重合
7 まとめ
第6章 リビングラジカル重合を活用した易解体性粘着材料の設計
1 はじめに
2 反応性高分子を用いる易解体性粘着材料の設計
3 主鎖分解性ポリマーを利用する易解体性粘着材料の設計
4 架橋とガス生成を相乗的に利用する易解体性粘着材料の設計
4.1 反応性アクリル系ブロック共重合体の高分子量化
4.2 半減期が異なる二種の開始剤を用いるTERPの開発
5 おわりに
第7章 リビングラジカル重合によるポリマーブラシ形成とトライボロジー制御
1 はじめに
2 リビングラジカル重合によるポリマーブラシの精密合成
3 ポリマーブラシの構造と物性
4 トライボロジー制御
第8章 リビングラジカル重合による材料表面の生体適合性向上
1 はじめに
2 CPBのバイオイナート特性
2.1 CPBのサイズ排除効果とタンパクとの相互作用
2.2 タンパク吸着
2.3 細胞接着
2.4 血小板粘着
3 濃厚ポリマーブラシのバイオアクティブ特性
4 CPBを用いた生体適合性材料
4.1 構造制御ボトルブラシのハイドロゲルコーティング
4.2 表面改質セルロースナノファイバーを用いた足場材料
4.3 CPB被覆ナノ微粒子を用いた医療材料
5 さいごに
第9章 リビングラジカル重合を用いた医療用分子認識材料の創製
1 はじめに
2 リビングラジカル重合と生体分子複合化による分子認識材料創製
2.1 遺伝子デリバリー
2.2 DNA検出
2.3 高分子ワクチン
3 リビングラジカル重合による高分子リガンドの創製
3.1 バイオマーカータンパク質に対する高分子リガンド
3.2 レクチンに対する高分子リガンド
3.3 高分子リガンドカプセル
4 リビングラジカル重合による疾病診断のための分子インプリントポリマーの創製
5 おわりに
第10章 精密重合法とナノインプリント法の融合による階層的表面構造ポリマー薄膜の創製
1 はじめに
2 ナノインプリント法と精密グラフト重合を用いるポリマーピラー薄膜の作製
3 polyCMSを素材ポリマーとするグラフト修飾ピラー薄膜の作製と表面特性
4 光架橋性ポリマーを素材とするグラフト修飾ピラー薄膜の作製と表面特性
5 高規則性貫通型AAOを鋳型として作製したグラフト修飾ピラー薄膜への展開
第11章 リビングラジカル重合を用いたUV硬化と傾斜ナノ構造の形成
1 はじめに
2 光リビングラジカル重合の研究動向
3 光リビングラジカル重合のUV硬化への適用と重合誘起型相分離
4 精密UV硬化による相分離同時形成:位置付けと将来展望
第12章 リビングラジカル重合法を援用したフィラーの機能化(無機フィラーからセルロースナノ結晶まで)
1 概略
2 高分子によるナノ微粒子表面の機能化
3 固定化=グラフト重合からの脱却
4 粒子共存制御ラジカル重合法の開発
5 タイヤトレッドゴムの補強材としての活用
6 フィラー充填による3次元伝導内部構造を持つ電解質膜への応用
7 セルロースナノクリスタル粉末の製造とフィラーとしての応用展開
8 まとめ