今日、リチウムイオン二次電池は、多くの製品の動力源となり、産業の米といわれるまでに成長している。こうした市場環境のなか、リチウムイオン二次電池の基礎から応用までを電池工学的に詳述する書籍「実用・新リチウムイオン二次電池工学」の発刊を企画した。本書籍は「基礎工学」と「総合技術」の2 編の構成になっており、求める情報内容の異なる読者に対応している。
「基礎工学編」はリチウムイオン電池に関して、1.電気化学的な基礎 2.充放電における電池特性の把握 3.電池設計と材料選択 などを主な内容としている。「総合技術版」は 4.電池製造 5.工業規格と試験 6.安全性に関する事項 7.全固体電池など今後の技術展開 等々を含んだ構成である。タイトルを「実用・新リチウムイオン二次電池工学」とした理由は、80年以上の実績を持つ、水系電解液蓄電池(二次電池)に対して、1991年にSONY?によって創製された、非水電解液電池=リチウムイオン電池は まさに“新”であると共に、更に用途もスマホなどモバイルなどの“小”から、EV用電池のような“大”まで、“新”たな分野を拡大する原動力となっている点にある。
筆者は1991年のリチウムイオン電池の創生期に材料供給に関わり、これまでリチウムイオン電池の製造や安全性に関する、コンサルタントやセミナーの講演を務めてきた。その中で多くの技術者や関係者の方から、二次電池の基本的な事項の質問を頂くことが多かった。これはリチウムイオン電池の開発が、従来の硫酸鉛蓄電池などの技術者の世代とは異なり、異分野出身の技術スタッフで担われていることが理由であろう。“工学”としたのは、やや大げさかも知れないが、機械工学、電気工学、化学工学(応用化学)・・・ には属さない(はみ出した)“電池工学”が必要ではないかとの認識によるものである。
化学電池としてのリチウムイオン二次電池は、化学材料(無機、有機、高分子)、電気化学、制御回路と自動車工学などの総合技術であり、工学としてのまとまりは定め難いが、一方で異分野の接点を工学的=定量的にカバーする必要がある。
著者の力量が及ばない部分は、元SONY?の小澤和典氏(工博)からは技術ノウハウにまで及ぶご教示をいただいた。多様なパラメーターを含む特性や挙動は、モデル(模式図)的に整理して示したので、解りやすさを追究する一方で、厳密さに欠ける記述もあることはご容赦願いたい。
本書が本格的な「蓄電工学」への起点となることを願い、リチウムイオン二次電池の、新たな担い手の方々のお役に立てれば幸いである。
はからずも、この執筆中の10月10日にリチウムイオン電池に関する、吉野彰氏らのノーベル化学賞受賞の報に接した。1991年のSONY?の商品化とその後の発展は、日本の工学技術の成果でもある。多くの関係各位と喜びを分かち合いたい。
2019年12月 企画・編集:シーエムシー・リサーチ
調査・執筆:菅原秀一/(寄稿:鳩野敦生)
本書の構成、各章の内容
第1章 概要
1. 発電、蓄電と電力消費
2. 電気エネルギー、交流と直流
3. “化学”二次電池
4. 二次電池の用途拡大
5. 研究から工学へ“二次電池工学へ”
・“貯められない”電気エネルギーをどの様にしたら貯めて使うことができるか。“太陽電池”、“燃料電池”、“リチウムイオン電池”などを、どれも“電池”と呼ぶのはおかしい。
・本章では“発電デバイス”と“蓄電デバイス”を区分しその機能と役割を示す。
仮に、交流(AC)で蓄電が可能になり、直流(DC)で昇圧トランスが発明されば、化学(二次)電池は要らなくなる。ここでは二次電池の用途分野において“研究”から“工学”への視点で考察する。
第2章 二次電池の構成(1) デバイス
1. 電気化学的な構成
2. 電極電位と端子電圧
3. 正極材と負極材(役割分担)
4. 正極材のAhとWh容量
5. 電解液と電解質(イオン伝導度)
6. ポリマー(ゲル)電解液
7. セパレータ
8. 集電箔(正極、負極)
9. 関連事項
・本章では、リチウムイオン電池の蓄電デバイスとしての電気化学的な構成を示す。
・正極/セパレータ/負極と電解液/電解質の構成は、従来のニッケル水素電池などと同じである。
・非水電解液(質)は、水の電解電圧(1.2~1.5V)の制約から逃れ、出力3~5Vを達成し薬3倍に性能を向上させた。一方でリチウムイオン伝導性が低いため、内部インピーダンスが低くして電流出力の取れるセルを実現するために大きな電極面積が必須となる。
・実際には内部短絡を極限まで低減し、電極面積の大きなセルを製造することは、材料、部材と製造工程への大きな負担となる。更に電解液の耐電圧範囲(REDOX WINDOW)が、実際の充放電電圧範囲と接していることにより、サイクル劣化や過充電、過放電も発生する。
・電池だけで解決できない問題への対処は、充放電回路の制御に委ねることになる。
第3章 二次電池の構成(2) 部材とシステム
1. 電極板の構成と構造
2. 電極端子、封止と安全弁
3. 正極/セパレータ/負極
4. 単電池、組電池とシステム系
・本章では、実用電池のセルを構成する部材の相互関係や、単電池(セル)、組電池(モジュール)からシステムへの成立を示す。これらの部材からシステムへの構成が次章の電池の外装構造に関係してくる。
・電池の+/?端子や安全弁の設計は、用途分野の技術要求を優先するが、同時にデバイス構成における合理性や整合性が求められる。
・部材からシステムへのステップは、安全性試験や電池メーカーの技術ノウハウが優先される。
第4章 二次電池の構造
1. 電極構造、端子と外装材
2. 円筒型(捲回電極)
3. 角槽型(捲回電極)
4. 平板型(積層電極)
5. 放熱、冷却と電極端子
6. 関連事項、セルの相互接続ほか
・二次電池の構造は、“正極板/セパレータ/負極板”のセットが外装材(容器)に収納され、電極端子を外部に出した状態で、電解液を満たして封止されている。
・円筒型、角槽型と平板型で、内部の電極板上の正負材層の配置と、電極端子の取り方はそれぞれ異なる。
・円・角・平はそれぞれ用途に応じて設計・製造されており、Ah容量など製品の種類は広範囲に及ぶ。
・構造の異差は、出力電流の上限値や、電池の放熱(冷却)性に大きく影響する。
・最終的に組電池やシステムになった場合、安全性なども含む諸問題との整合性が求められる。
第5章 二次電池の基本動作
1. 正極と負極の連系動作
2. 充電、放電と時間率(Cレート)
3. 充放電効率と不可逆容量
4. 充放電サイクルと電圧、電流
5. 内部抵抗と充放電
6. √(2/1乗則)による劣化推定
7. 電気化学インピーダンス(理論)
8. 第一原理計算と適用(理論)
9. 関連事項
・二次電池の基本動作は、充電電圧によって、正極材の結晶構造からLi+が離れ、電解液(質)を介してセパレータを通過し、負極に収納(インターカレート)されてLi+e=Liとなる。放電はその逆の流れである。
・電気化学的には電極表面の電気二重層、充放電時の電解質(LiPF6?Li+)が電解液で溶媒和/Solvationされ脱溶媒和の繰返しがある。これらを総合し、必要な電流を流すことで実用電池となる。トータルではオーミックΩ成分をも含む電池の内部抵抗(インピーダンス)が電池の特性に影響する。
・工学的には一定の充放電速度(時間率)の放電容量Wh=Ah×Vと出力W=A×Vが特性として評価される。
・二次電池は充放電の繰返しで評価される。その過程では正負極の物理的な変化、電解液の分解ガス化など、多くの劣化が蓄積するが、これらを一定のレベルに抑えることが、電池の設計や製造の技術ノウハウである。
・理化学的な面では、現在のセルが理論的に解明された訳ではない。電気化学インピーダンス(コールコールプロット法)の理論から、全固体セルも含めての理論が工学を先導するイメージを紹介する。
第6章 二次電池の実用特性
1. 特性測定の項目と方法
2. 製品電池の定格(容量、電圧ほか)
3. エネルギー、パワーと回生充電
4. サイクルと放電容量維持率
5. 比容量(重量基準、体積基準)
6. 温度特性と性能劣化
7. セルバランスと均等充電
8. 関連事項
・二次電池は電気エネルギーを供給する蓄電デバイスとしての実用性が問われる。・電池は品質保証を伴った工業製品(商品)であり、その価値を正確に示す特性値が必要である。
・製品をJISなどの工業規格で測定するが、研究開発段階では多くの項目でパラメーターを変化させて測定と解析を行う。実務的には多様な正極材と負極材の組合せが実用化され、特性値だけでの製品の評価が難しくなっている。
・基本となる、エネルギー特性(容量)、パワー特性(入出力)とサイクル特性(寿命)に加え、実用段階では温度特性(耐熱性)や時間率(Cレート)も、パラメーターとして重要である。
第7章 電池設計と材料選択
1. 正・負極材の組合と特性
2. 容量設計と手順
3. A/C比の設定
4. 設計マージン(安全、劣化ほか)
5. 電極面積と電極板
6. 電極密度と比容量
7. 開発ラボから製品まで
8. 関連事項
・本章では電池(セル)のAh容量を設定し、実際に放電容量Wh=Ah×Vに見合う正極材と負極材を選定するステップを示す。理想的な正・負極材は存在しないので、設計項目に優先順位を付けて、コストを含めバランスの取れた実用電池が目標である。
・キーワードは、負極/正極の容量比、安全と劣化マージン、電極面積cm2/Ah、電極(嵩)密度g/cm3、などであるが、最終的にはコスト円/Whが電池の用途とのバランスで決め手となる。
・設計は電池メーカーによって“流儀(=得意不得意)”があり、ベストの方法はないが、設計と技術のポリシーが明確であることが重要である。実務的には、ラボのフルセルからスタートし、段階的に製品の仕様を決めて行く。安全性規格のクリアや電気用品安全法の認定は最終段階で実施することになる。
第8章 電池製造と関連事項
1. 全工程の概要と原材料
2. ポリマーバインダーと電極塗工
3. 前工程(材料配合ほか)
4. 電極板製造(塗工、乾燥)
5. 組立、初充電と品質管理
6. コスト構成(原材料費と固定費)
・本章では電池製造の全工程に沿って、原材料の配合から電極板の塗工、セルの組立、初充電と品質管理までを概説する。原材料と部材は9種類、製造工程は約13工程である。
・全ての原材料と工程を完全に管理することは困難であり、一定の比率で不良品が発生する。不良品は製造原価を圧迫し、発火事故を引き起こすなど電池メーカーの存続に関わる。
・原材料は化学や鉱業メーカーが供給し、一般に電池メーカーは原材料の受入検査は行わない。異業種の接点になるところであり、最終的には原材料のコスト(原価)が、電池産業の安定と継続に影響する。
第9章 工業規格と試験方法
1. 規格一覧、規格とは
2. JISと電気用品安全法
3. 海外とグローバル規格
4. 関連事項
・二次電池の工業規格は充放電容量の測定方法などを含めて“二次電池工学”の基本である。
・LiBは多種多様な正極・負極材の組み合せで製品化されており、一律な規格を制定することが不可能である。
・また用途毎にAh容量も外形形状の寸法も異なり、標準化がなされていないことも特異的である。
・本章ではJISと電気用品安全法、認証規格のUL、グローバル規格のIEEEやISOなどを一覧する。
第10章 安全性規格と試験方法
1. 安全のリスクとハザード
2. UN輸送安全基準
3. JIS C 8715?2(2019)
4. 認証制度(ULとTUF)
5. 安全性試験のフィードバック
6. 自動車用途の規格
7. 関連事項
・本章では電池とシステムの安全性に関する規格と試験方法を示す。最も工学的な基礎が重要な部分である。。
・UNの国連輸送安全基準勧告は、船や航空機での電池の輸送を規定しておりClass9の認証が必須である。
・UNの安全性規格はシンプルで汎用性があり多くの分野で準用されている。安全性試験の対象は、セル、モジュールとシステムに分かれ、この順に難易度は高くなり、試験も大がかりになる。
・モジュール>システムに充放電や制御回路が組み込まれ、これからに加えてJISでは“機能安全性試験”が入ってくる。
・国際商品であるEVは電池だけではなく自動車としてのリスクとハザードを想定した試験となり、過酷な試験内容である。現在EVは、UNECE_R100がグローバルスタンダードになりつつある。
第11章 今後の展開
1. 液系電解質電池の限界
2. 全固体リチウムイオン電池
3. ポストリチウムイオン電池
4. 廃電池とリサイクル
5. 関連事項
・現在の電池開発は多くの面で限界に近づいている。特に比容量と比出力、安全性の根本的解決と電池コスト、更には元素資源や廃電池のリサイクルなどが課題である。
・全固体リチウムイオン電池やポストリチウムイオン電池も、その開発・研究をエンドレスに繰り返すのは無意味だろう。時間を区切り二次電池工学の視点からその結果と成果を見極めるタイミングが重要となる。
・全固体リチウムイオン電池は、室温でリチウムイオン伝導性の高い固体電解質が開発されたことに端を発し、有機電解液を原因とするEVの発火事故など、安全性問題を背景に、電解液の廃止への期待とつながっている。更にはセパレータ膜の破損に起因する内部短絡と熱暴走を解消することも期待されている。
・ポストリチウムイオン電池は、ナトリウムイオン電池や、空気メタル電池などの有力候補はあるが、リチウム系に対する補完的な役目に止まり、今のところ主流になるには特性が伴っていない。
第12章 関連資料
1. 最近の実用正極材の性能
2. 最近の実用負極材の特性
3. Faraday則と理論容量の計算
4. 技術情報と特許情報
6. 危険物(消防法)
7. 化学物質規制(毒劇法ほか)
8. 単位換算表
・最近の正極・負極材の特性は、第7章に開発段階のデータなども示したが、本章でも分離して記述する。
・本書の本文中で説明を省略した事項も含め、二次電池の電気化学理論や実用で必要な説明をまとめて示した。