マイクロバブルという名称がまだ我が国で定着していない頃、その存在が一部の研究者や企業の間で興味の対象として知られるようになったのは1995年前後である。それまでは気泡と言えばボイラーを中心とした沸騰・伝熱工学分野や原子力分野、化学工学、土木工学分野等々で遭遇する所謂ミリサイズの通常気泡であった。その後マイクロバブルよりもさらにサイズの小さなナノバブルの存在が知られるようなったのは2004年前後である。特に最近10年近くの間のマイクロバブル、ナノバブルを中心とした微細気泡技術の実用化には目を見張る多くの進展があり、工業分野や環境分野はもとより、農業・水産分野では生産性の向上に大きな貢献をしている。また、医療・医療診断分野においても新たな展開が図られつつある。
このように微細気泡技術の応用展開には実に目覚ましいものがある一方では、マイクロバブル、ナノバブルの成り立ちや個々の特性に関する科学的解明が必ずしも十分になされていない。また、一部では不正確な情報や誤解されやすい情報が氾濫している。マイクロバブルやナノバブル等の微細気泡にはミリサイズ気泡に見られない様々な固有の現象や特性がある。そうした個々の特性や現象に関する研究報告がある一方で、微細気泡全体を俯瞰した説明や物理モデルが欠如しているため、微細気泡全体を見たときに辻褄の合わない説明や解釈にしばしば出会い、戸惑いを感じることが多い。
本書では、25年を超える著者自身の微細気泡研究との係わりの中での経験や体験に基づいて、特に微細気泡の特性やその成り立ち等々の基礎に重点を置きつつ、可能な限り正しい情報を読者の皆さんにお伝えすることを趣旨とした。本書の前半は基礎編、後半は応用編で微細気泡生成原理と生成装置の具体例、主要パラメータの計測方法、そして微細気泡の具体的な応用事例を取り上げたが、単に装置や事例の紹介に留めずに、それぞれの背景にある現象や物理機構、さらには問題点等についても可能な限り詳細かつ平易な説明を付け加えた。また、現状で科学的解明が出遅れている項目や情報が欠如している部分については、著者自身の考え方を織り交ぜながら説明を加えた。読者の皆さんに一番望むことは、微細気泡の個別の現象や特性についての理解を深めることではなく、マイクロバブル、ナノバブル全体を俯瞰した微細気泡の成り立ちについての理解を深め、その上で、微細気泡技術の応用展開を図って頂ければ幸いです。
また、本書が実用書としても参考になれば幸いです。
なお、本書は著者が2008年から毎年行ってきているマイクロバブル・ナノバブルの基礎と応用に関するセミナーで口述している内容を中心に取り纏めたものである。
著者
芹澤 昭示
著者略歴
1974年 京都大学 原子エネルギー研究所 助手
1983年 京都大学 工学部 助教授 原子核工学科
1992年 京都大学 工学部 教授 原子核工学科
1996年 京都大学大学院 工学研究科 教授 原子核工学専攻
2006年 京都大学 定年退職 京都大学名誉教授・ダイキン工業? 環境技術研究所 主席調査役
2009年~2011年 ダイキン工業? 環境技術研究所 非常勤嘱託
2010年~2011年 中国 ハルビン工業大学 教授
2012年~ 島根県 原子力安全顧問
元オックスフォード大学 招聘研究員、元AERE ハーウェル研究所 客員研究員、元ノッティンガム大学 招聘教授、元リヨン大学 客員教授、元リュブリアナ大学 招聘教授、元日本原子力学会 会長、元日本混相流学会 会長
構成および内容
第1章 序 論
1.1 マイクロバブル、ナノバブルとは
1.2 マイクロバブル、ナノバブルの定義と名称
1.3 水中におけるマイクロバブルと通常気泡の巨視的挙動
1.4 マイクロバブルの巨視的挙動と消滅過程に関する従来の説明と問題点
第2章 マイクロバブル・ナノバブルの基礎特性
2.1 マイクロバブルの基礎特性
2.1.1 ゆっくりした上昇速度
2.1.2 優れた溶解性
2.1.3 マイクロバブル、ナノバブルは表面電荷を持っている
2.1.4 気泡間相互作用力
2.1.5 界面での吸着特性
2.1.6 優れた音響特性
2.1.7 生理活性効果
2.1.8 洗浄効果
2.1.9 流動抵抗軽減作用
2.1.10 バブリングによる水の物性値の変化
2.2 ナノバブルの基礎特性
2.2.1 安定で長寿命のナノバブル
2.2.2 優れた生理活性効果および殺菌効果
2.2.3 マイクロバブルと連携したハイブリッド連行浮上効果
2.2.4 ナノバブル水の濃縮性
第3章 マイクロバブル・ナノバブルの諸説
3.1 解明すべき課題の抽出
3.2 マイクロバブルは通常気泡と異なり、水中で完全溶解し消滅する?
3.2.1 課題の意義と重要性
3.2.2 マイクロバブルの収縮速度から探る
3.2.3 実測値に見るマイクロバブルの収縮特性とその多様性
3.2.4 溶解収縮における気泡の収縮速度とデータ解析
3.3 マイクロバブルの収縮速度は気泡径が小さくなるにつれて加速する?
3.4 気泡径が小さくなるほど気液界面積濃度は大きくなる?
3.5 溶解による完全消滅は圧壊ではない
3.6 マイクロバブル、ナノバブルは静置した状態で自然圧壊してラジカルを生成する?
3.6.1 静置されたマイクロバブルからのラジカル生成の可能性について
3.6.2 静置されたナノバブルからのラジカル生成の可能性について
3.7 長寿命ナノバブルと短寿命ナノバブルの存在
3.8 ナノバブルの安定化モデル
3.8.1 イオン殻説
3.8.2 動的平衡モデル
3.8.3 交通渋滞効果説
3.8.4 ナノバブルー水分子構造相互作用説
3.9 ナノバブルはどこまで小さくなれるか?
3.9.1 光学的観察から得られたナノバブルの大きさ
3.9.2 シミュレーションから明らかとなった気泡の誕生とその大きさ
第4章 マイクロバブル・ナノバブルの成り立ちを考える
4.1 序論
4.2 従来の知見から判明ないしは推測される微細気泡の挙動
4.2.1 マイクロバブルの挙動について
4.2.2 ナノバブルの挙動について
4.2.3 物理モデルが満たすべき条件
4.3 ナノバブルと水のネットワーク構造との係わり
4.4 ナノバブルー水分子構造相互作用モデル
4.5 マイクロバブル、ナノバブルの成り立ちとそのスキーム
4.5.1 ナノバブル作成時のスキーム
4.5.2 マイクロバブル作成時のスキーム
4.6 静置された長寿命ナノバブルの圧壊によるラジカル生成のメカニズム
4.6.1 長寿命ナノバブルからのラジカル生成と圧壊のトリガー
4.6.2 長寿命ナノバブルの圧壊とラジカル生成のメカニズム
4.6.3 長寿命ナノバブルは溶解収縮で消滅する、それとも収縮せずに消滅する?
第5章 マイクロバブル・ナノバブルの生成原理と生成装置
5.1 マイクロバブル・ナノバブル生成の基本的なメカニズム
5.1.1 流れの剪断力による気体の細分化
5.1.2 キャビテーション(流動キャビテーション)法
5.1.3 加圧溶解・急減圧法
5.2 マイクロバブル生成装置の各種具体例
5.2.1 剪断流れを利用した生成装置(エジェクタータイプ)
5.2.2 旋回流を利用した生成装置
5.2.3 ベンチュリーを利用した生成装置
5.2.4 スタティックミキサー法
5.2.5 加圧溶解・急減圧法およびキャビテーション法
5.2.6 その他のマイクロバブル生成装置
5.3 ナノバブル生成装置の各種具体例
5.3.1 マイクロバブルの剪断処理によるナノバブル生成装置(気液混合剪断方式)
5.3.2 加圧溶解・急減圧法によるナノバブル生成装置
5.3.3 剪断力を利用したナノバブル生成装置
5.3.4 高速旋回流とキャビテーションを利用したナノバブル生成装置
5.3.5 その他の方法
5.4 各種マイクロバブル・ナノバブル生成装置のまとめ
第6章 各種パラメータの計測方法とその特徴
6.1 マイクロバブル、ナノバブルの気泡径およびその分布の測定法
6.1.1 フロー式画像解析法
6.1.2 液中パーティクルカウンター法
6.1.3 コールター法
6.1.4 動的光散乱法
6.1.5 レーザー回折・散乱法
6.1.6 トラッキング法(粒子追跡法)
6.1.7 共振式質量測定法(RMM:Resonant Mass Measurement)
6.1.8 ナノバブル径測定における測定精度と信頼性について
6.2 ゼータ電位の測定法
6.3 フリーラジカルの測定法
6.3.1 電子スピン共鳴法(ESR)
6.3.2 ROS検出用蛍光プローブ法
6.3.3 レーザー誘起蛍光法
6.4 白濁度の測定法
6.4.1 透過光法
6.4.2 散乱光法
6.4.3 透明度板法
6.5 ボイド率の測定法
6.5.1 秤量法
6.5.2 液面上昇法
第7章 マイクロバブル・ナノバブルの各種分野への応用
7.1 環境分野における応用事例
7.1.1 池水・湖沼の浄化と貧酸素水の改善
7.1.2 大深度閉鎖水域の水質浄化
7.1.3 油汚染土壌の浄化
7.1.4 放射性セシウム汚染水田土壌の除染と減容化への応用
7.1.5 オゾンマイクロバブルによる有害物質の分解・除去、脱臭・殺菌など
7.2 水産分野における応用事例
7.2.1 窒素ナノバブル海水による魚の鮮度維持
7.2.2 魚を眠らせて鮮度を運ぶ
7.2.3 微細気泡を用いた魚の養殖で注意すべき事項
7.3 農業・畜産分野における応用事例
7.3.1 農業栽培における利用
7.3.2 畜産における利用
7.4 食品分野における応用事例
7.4.1 蒲鉾製造における利用
7.4.2 マヨネーズ製造における利用
7.4.3 酒造における利用
7.5 生活環境分野における応用事例
7.5.1 浴室関連における利用
7.5.2 洗濯乾燥機における利用
7.5.3 トイレ洗浄における利用
7.5.4 化粧品・薬品における利用
7.6 医療・医療診断における応用事例
7.6.1 動脈硬化治療への応用
7.6.2 オゾンナノバブルによる細菌の死滅
7.7 エネルギー・資源分野における応用事例
7.7.1 マイクロバブルを利用した天然ガスハイドレートの製造
7.7.2 マイクロバブルによる船舶の流動抵抗軽減への応用と省エネ
7.7.3 マイクロバブルを利用したディーゼルエンジンの燃焼改善
付属DVDについて
注意