医農薬や有機電子材料をはじめとする様々な有機精密化学品の合成と関連して、芳香族化合物の高効率かつ選択的な誘導体化手法の開発は、近年ますます重要な研究課題となっている。現在、精密化学品にしばしば含まれるビアリール骨格やフェニレンビニレン骨格などの炭素骨格の極めて有用な構築法として、2010年のノーベル化学賞の対象となったパラジウム触媒クロスカップリングが頻繁に用いられている。一方で従来法では、化学量論的ハロゲン化や金属化を含む反応基質の事前官能基化工程が必須であり、それに伴う反応ステップ数の増加や廃棄物となる副生物の生成といった解決すべき問題点を内包している。このような背景のもと、新しい環境調和型クロスカップリング反応として、基質分子内の目的とする反応位置の炭素―水素結合を触媒によって選択的に活性化し切断することにより、通常の方法では多段階を要する、あるいは合成困難な複雑な構造をもつ分子群を、入手容易な出発物質から短工程で効率よく合成する手法の開発研究が国内外を問わず近年活発になされてきている。パラジウムに加え様々な遷移金属を駆使した触媒反応研究の進展によって、芳香族炭素―水素結合切断を伴う様々なタイプの直接的クロスカップリング反応が達成されている。一部の反応はすでに実用的にも応用可能な段階にあり、今後のさらなる発展が期待されている。
本書は、アカデミアだけでなく、企業の化学品開発部門でも幅広く利活用されることを想定し、直接的芳香族カップリングの先端研究を俯瞰できるよう章立てされている。
総論に続いて、まず種々の芳香族炭素―水素結合の変換反応について触媒金属別に解説されている。これによってどの金属がどのような反応活性を有し、特にどのような変換反応に有効であるか理解できる。ついで、トピックスとして、有機エレクトロニクス材料として機能する多環芳香族化合物と多環ヘテロ芳香族化合物の合成やポルフィリン類の直接的誘導体化、天然物や生理活性化合物の合成、さらに直接アリール化重合反応とその半導体材料創製への応用について解説されている。
(「はじめに」より一部抜粋)
目次
第1章 直接的芳香族カップリング反応の設計と応用:現状と展望
1 はじめに
2 芳香族カップリング反応の形式
3 直接カップリングに用いられる反応基質
4 直接的芳香族カップリング反応の例
4. 1 芳香族C-Hアリール化および脱水素ビアリールカップリング
4. 2 C-Hアルケニル化
4. 3 C-Hアルキニル化
4. 4 直接的C-N,C-O,C-Sカップリング
5 おわりに
第2章 Ru触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 アルキル化反応
2. 1 アルケンへの付加反応
2. 2 脱離基をもつアルキル化剤を用いた置換型アルキル化
2. 3 アルカンを用いた脱水素酸化型アルキル化反応
3 アルケニル化反応
3. 1 アルキンへの付加反応
3. 2 アルケンとの脱水素型酸化を経るアルケニル化反応
3. 3 アルキンとの環化を伴う酸化的アルケニル化反応
4 アリール化反応
4. 1 C-H結合での置換反応を経るアリール化反応
4. 2 C-H結合の酸化的付加を経るアリールボロン酸エステルとのカップリング反応
5 カルボニル基導入反応
5. 1 アシル基導入反応
5. 2 エステル基およびアミド基導入反応
6 おわりに
第3章 Pd触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 脱水素型C-C結合形成反応
2. 1 藤原-守谷反応(ベンゼン誘導体とビニル化合物による脱水素型芳香族C-Hアルケニル化反応)
2. 2 ベンゼン誘導体の反応の配向基による位置制御
2. 3 メタ位選択的反応
2. 4 酸化的カップリング反応
3 ハロゲン化アリールをもちいる芳香族化合物のC-H結合直接アリール化
3. 1 初期の反応例
3. 2 ポストクロスカップリングとしての反応展開(反応系の検討)
3. 3 配向基をもちいる芳香族C-H結合直接カップリング反応
4 おわりに
第4章 Rh触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 含酸素配向基を利用する反応
3 含窒素配向基を利用する反応
4 含リン配向基を利用する反応
5 含硫黄配向基を利用する反応
6 おわりに
第5章 Ir触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 配向基を用いないsp2 C-Hアリール化
3 配向基を用いたsp2 C-Hアリール化
4 sp3 C-Hアリール化
5 おわりに
第6章 Fe触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 炭素-炭素結合生成反応
2. 1 有機金属試薬とのカップリング反応
2. 2 (擬)ハロゲン化物とのカップリング反応
2. 3 オレフィンとのカップリング反応
2. 4 C-H基質どうしのクロスカップリング反応
3 炭素-ヘテロ原子結合生成反応
3. 1 アミノ化反応
3. 2 ホウ素化反応
3. 3 シリル化反応
3. 4 重水素化反応
4 おわりに
第7章 Co触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 低原子価Co触媒
3 Co触媒と酸化剤の併用
4 高原子価Co触媒
5 おわりに
第8章 Ni触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 Ni触媒による芳香族C-H結合と不飽和化合物のカップリング反応
3 Ni触媒による芳香族C-H結合と求電子剤とのカップリング反応
4 おわりに
第9章 Cu触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 (ヘテロ)芳香族化合物のC-Hアリール化
2. 1 ハロゲン化アリール及びその等価体を用いる反応
2. 2 アリール金属反応剤を用いる反応
2. 3 単純アリールC-Hを用いる反応
3 (ヘテロ)芳香族化合物のC-Hアミノ化
4 その他の芳香族C-Hカップリング
5 おわりに
第10章 3族〜5族金属錯体によるC-H結合活性化反応
1 はじめに
2 当量反応
2. 1 σ-結合メタセシス機構によるC-H結合活性化
2. 2 ピリジン誘導体のC-H結合活性化とオレフィンの挿入反応
3 触媒反応
3. 1 複素芳香環およびアニソール誘導体のC(sp2)-H結合へのオレフィン挿入反応
3. 2 ピリジン誘導体のC(sp3)-H結合への炭素-炭素多重結合の挿入反応
3. 3 金属-窒素結合によるピリジン誘導体のC(sp2)-H結合へのイミンおよびイソニトリルの挿入反応
3. 4 金属-窒素結合によるN-アルキルアミンのアルキル基のα位C(sp3)-H結合へのオレフィン挿入反応
4 まとめ
第11章 電子触媒芳香族C-Hカップリング反応
1 はじめに
2 芳香族ラジカル置換反応とSRN1反応
3 電子触媒芳香族C-Hアリール化反応
4 おわりに
第12章 直接カップリングによる多環芳香族化合物の合成
1 はじめに
2 二段階APEX反応
3 一段階APEX反応
4 APEX二量化反応
5 おわりに
第13章 直接カップリングによる多環ヘテロ芳香族化合物の合成
1 はじめに
2 当量反応から触媒反応への展開
3 適用範囲の拡大&最近の反応例
4 ロジウム触媒を用いた反応
5 おわりに
第14章 ポルフィリン類の直接官能基化
1 はじめに
2 ポルフィリンの反応性
3 β位選択的直接ホウ素化
4 β位選択的直接ケイ素化
5 β位選択的直接アリール化
6 β位選択的官能基化の利点を生かした機能性ポルフィリン合成
7 おわりに
第15章 直接カップリングの天然物及び生理活性化合物合成への応用
1 はじめに
2 分子内芳香環C-Hアリール化反応
3 分子間芳香族C-Hアリール化反応
4 芳香環のC-Hアルケニル化・アルキル化反応
5 sp3C-H結合のアリール化反応
6 おわりに
第16章 高性能直接アリール化重合触媒の開発とπ共役系高分子合成への応用
1 はじめに
2 高性能なDArP触媒の要件
3 DArP触媒の分類
4 DArPによる頭尾規則性P3HTの合成
5 DArPによるDAポリマーの合成
5. 1 Fagnou条件を用いたDArPによる交互共重合体の合成
5. 2 PO配位子L1を用いたDArPによるDAポリマーの合成
6 PO配位子L1の特異な重合促進効果
7 混合配位子触媒による基質適応範囲の拡大
8 おわりに
第17章 直接アリール化によるオリゴ及びポリチオフェン類の合成
1 はじめに
2 チオフェンの有機化学
3 チオフェンC-H結合でのカップリング反応
4 チオフェンオリゴマーのステップワイズ合成
4. 1 位置選択的C-Hアリール化
4. 2 分岐状オリゴチオフェン
5 位置規則性がhead-to-tail型に制御されたポリチオフェン合成
5. 1 分岐オリゴチオフェンの重合
6 おわりに
第18章 直接アリール化重合による高分子半導体の合成
1 はじめに
2 有機電子・光デバイスを志向した高分子半導体の開発事例
3 高純度な高分子半導体の開発
4 高特性材料の合成と評価について
5 高分子半導体のより簡便な合成法の開発
6 おわりに