本書では,種々の微生物の中でも食品で特に問題となることが多い細菌を取り上げ,その特殊状態と言える胞子と損傷の状態についての特性,検出・計数と制御法,そして食品の製造における問題と対策について総合的な視点から解説する。とくに損傷菌については,これが実質的に最初の和書としての出版であるといえよう。
芽胞と損傷菌は,食品の微生物学上の安全性,健全性に関わる基盤的かつ重要な課題である。しかし,双方ともその特性や生理学についてはまだまだ検討すべき課題が多く,それらの制御対策も経験的,試行錯誤的な手法に頼らざるを得ない状況にある。それでもそれらの科学と工学は少しずつ前進し,解明のゴールを目指してチャレンジがなされている。基礎研究による実態解明と応用研究による対策技術の開発のゴールを目指し,本書がその道程の一里塚となることができれば監修の任にあたった者にとって望外の喜びである。
目次
緒言 微生物制御で問題となる特殊状態微生物―芽胞と損傷菌
【第Ⅰ編 芽胞の検出と制御】
第1 章 芽胞形成菌
1 中温性好気性細菌
1. 1 はじめに
1. 2 疫学
1. 3 微生物的特性
1. 4 Bacillus 属菌の制御
1. 5 予防
1. 6 終わりに
2 中温性嫌気性細菌
2. 1 ボツリヌス菌
2. 2 ウェルシュ菌
2. 3 酪酸菌
3. 1 Alicyclobacillus 属
3. 2 Geobacillus stearothermophilus
3. 3 Moorella 属
3. 4 Thermoanaerobacterium 属
3. 5 Desulfotomaculum 属
第2 章 芽胞の動態と抵抗特性
1 芽胞の形成・発芽・発芽後成長
2 芽胞の抵抗性とその機構
2. 1 熱
2. 2 薬剤
2. 3 放射線
2. 4 高電圧パルス,大気圧プラズマ,超音波
2. 5 高圧・その他の処理
第3 章 芽胞の試験法と動態予測法
1 培養法
1. 1 芽胞形成の判断と芽胞の分離
1. 2 芽胞の精製
1. 3 芽胞形成細菌の芽胞形成培地
2 蛍光染色法など非培養法
3 顕微鏡観察とライブセルイメージング・フローサイトメトリー技術
3. 1 ライブセルイメージング
3. 2 フローサイトメトリー
3. 3 まとめ
4 芽胞形成菌の死滅予測モデル
4. 1 逐次モデル
4. 2 並列モデル
4. 3 休眠と活性化のモデル化
4. 4 経験論モデル
4. 5 確率モデル
第4 章 芽胞に対する殺菌・静菌技術
1 加熱処理
1. 2 芽胞の耐熱性に対する影響因子
1. 3 芽胞対象の加熱滅菌技術
1. 4 芽胞に対する加熱併用殺菌技術
2 放射線(ガンマ線,電子線)
2. 1 放射線滅菌の特徴
2. 2 放射線滅菌の実際
2. 3 滅菌バリデーション
2. 4 滅菌線量決定の実際
2. 5 製品適格性の確認
2. 6 設備適格性の確認
2. 7 稼動性能適格性(物理的稼動性能適格性及び微生物的稼動性能適格性)
2. 8 再バリデーション(変更時再バリデーション及び定期的な再バリデーション)
2. 9 今後の展望
3 紫外線照射
3. 1 はじめに
3. 2 UV 殺菌の歴史
3. 3 光化学の基礎技術とUV 殺菌メカニズム
3. 4 殺菌用光源
3. 5 各種菌のUV 感受性
3. 6 芽胞菌の殺菌について
3. 7 空気(環境)殺菌
3. 8 表面殺菌
3. 9 流水殺菌装置
3. 10 おわりに
4 高圧併用処理
4. 1 緒言
4. 2 高圧処理による発芽誘導
4. 3 高圧処理と熱処理の併用による芽胞不活性化における高圧処理条件の影響
4. 4 高圧処理と熱処理の併用による芽胞不活性化における懸濁溶液成分の影響
4. 5 圧力補助熱処理
4. 6 結言
5 交流高電界処理
5. 1 ジュール加熱(通電加熱)
5. 2 交流高電界による栄養細胞の殺菌
5. 3 交流高電界による芽胞の失活
6 殺芽胞剤
6. 1 芽胞に効果的な化学的成分
6. 2 塩素系
6. 3 酸化剤系
6. 4 アルデヒド系
6. 5 おわりに
7 保存料・日持ち向上剤(有機酸,脂肪酸エステル,グリシン,ナイシン,リゾチームなど)
7. 1 保存料とは
7. 2 日持向上剤とは
7. 3 保存料および日持ち向上剤の芽胞への作用(各論)
【第Ⅱ編 損傷菌の検出と制御】
第1 章 損傷生物論― 損傷・修復とストレス応答―
1 生物における損傷・修復とストレス応答の意義
1. 1 損傷とストレス応答と細胞の生死
1. 2 ストレスと損傷
2 原核生物における損傷・修復とストレス応答
2. 1 損傷菌の発生・定義・種類
2. 2 細菌の損傷菌における損傷形式
2. 3 環境変化に対する細菌のストレス応答システム
3 真核生物における損傷・修復とストレス応答
3. 1 ヒト細胞における損傷
3. 2 ヒト細胞におけるストレス応答
3. 3 カビ・酵母の損傷とストレス応答
第2 章 無芽胞菌とその損傷菌
1 大腸菌
1. 1 はじめに
1. 2 VBNC 状態とは死滅期-長期間定常期(long-term stationary)細胞なのか?
1. 3 未培養細菌と損傷菌
1. 4 Persister 細胞と損傷菌
1. 5 ストレス履歴による大腸菌の耐性化問題
2 サルモネラ
2. 1 はじめに
2. 2 サルモネラの加熱損傷
2. 3 加熱損傷からの回復促進
2. 4 最後に
3 腸炎ビブリオ
3. 1 腸炎ビブリオと損傷菌
3. 2 低容量の物理化学ストレスに暴露した腸炎ビブリオの損傷菌と遺伝子発現応答
3. 3 腸炎ビブリオの光ストレス応答
3. 4 おわりに
4 カンピロバクター
4. 1 はじめに
4. 2 C. jejuni の加熱損傷評価のための二重平板培養法の検討
4. 3 加熱損傷C. jejuni の回復に関与する化合物
4. 4 おわりに
5 リステリア損傷菌の発生と制御
5. 1 はじめに
5. 2 食品加工および保存処理によって生ずるリステリアの損傷
5. 3 損傷リステリアの検出
5. 4 損傷リステリアを発生させない複合的な微生物制御
6 黄色ブドウ球菌
6. 1 黄色ブドウ球菌の損傷菌をどのように検出,計測するか
6. 2 黄色ブドウ球菌分離培地の開発の歴史
6. 3 分離培地における損傷黄色ブドウ球菌検出の流れ
6. 4 損傷メカニズム研究の流れ
7 乳酸菌
7. 1 乳酸菌は損傷菌になりやすい
7. 2 乳酸菌の定義
7. 3 有用例における損傷
7. 4 有害例における損傷
第3 章 損傷菌・損傷芽胞の検出・評価法
1 平板培養法と培地
1. 1 損傷菌の特徴と実態
1. 2 損傷菌の回復と培地成分
2 二重後培養法
2. 1 DiVSaS 法
2. 2 DiVSaL 法
2. 3 DiVLaL 法
2. 4 その他の変法
2. 5 補足事項
3 蛍光染色法(栄養細胞)
3. 1 蛍光染色とフローサイトメトリー(FCM)
3. 2 損傷菌(E. coli O157:H7)の計測
3. 3 損傷菌(L. innocua)の計測
3. 4 今後の課題
4 蛍光染色法(芽胞)
4. 1 芽胞の損傷
4. 2 スポアタンパク質にGFP を融合した遺伝子組換え体の利用
4. 3 スポアメンブレンの膜機能と物質の透過性
4. 4 コアより放出されるジピコリン酸(DPA)を測定
4. 5 発芽に伴う代謝の再始動を解析する
4. 6 芽胞の自家蛍光
4. 7 蛍光染色法における注意事項
5 定量PCR 法
5. 1 はじめに
5. 2 リアルタイムPCR 法による微生物定量の実際
5. 3 死菌由来DNA の問題
5. 4 リアルタイムPCR 法を用いた増殖遅延時間測定による損傷菌評価
5. 5 おわりに
第4 章 殺菌プロセスにおいて発生する損傷菌の特性
1 加熱処理
1. 1 加熱損傷菌発生の要因と特性
1. 2 加熱処理細胞における死滅・損傷反応の動力学的特性
1. 3 加熱損傷菌の生理学的特性(損傷・修復機構の特徴)
1. 4 加熱損傷芽胞の特性
2 高圧処理
2. 1 高圧殺菌
2. 2 高圧処理における細菌不活性化因子
2. 3 高圧損傷菌
2. 4 高圧損傷菌の特性
2. 5 細菌以外における高圧損傷
2. 6 おわりに
3 電磁波照射(紫外線,超音波など)
3. 1 はじめに
3. 2 紫外線照射による損傷菌出現の可能性
3. 3 電離放射線照射による損傷菌出現の可能性
3. 4 超音波,高電圧パルス,大気圧プラズマ処理による損傷菌出現の可能性
3. 5 おわりに
4 次亜塩素酸(電解水)処理
4. 1 電解水と塩素損傷菌
4. 2 用水殺菌と損傷菌
4. 3 食品殺菌と損傷菌
4. 4 今後の課題
5 過酢酸・過酸化水素処理
1 はじめに
5. 1 背景
5. 2 過酢酸・過酸化水素の化学的性質
5. 3 殺芽胞剤としての過酢酸・過酸化水素の作用機作とその特性
第5 章 損傷菌の予測理論と動態・制御理論
1 損傷菌の発育予測
1. 1 はじめに
1. 2 高圧処理によって発生する損傷菌とその損傷回復
1. 3 回復するタイミングを予測する技術
1. 4 損傷を回復させないためのポストプロセス
1. 5 最近の研究動向
2 損傷菌の動態評価と制御理論
2. 1 殺損反応論
2. 2 損傷菌の損傷および発育の動態解析
2. 3 損傷菌の動態解析に基づく制御理論と殺損プロセス評価理論
【第Ⅲ編 実際の現場での芽胞・損傷菌の検出・制御】
第1 章 缶詰・レトルト食品
1 缶詰・レトルト食品の法的規制と芽胞・損傷菌
2 缶詰等の殺菌条件と芽胞・損傷菌
3 缶詰等の恒温試験条件と損傷菌
4 現場での芽胞菌制御
第2 章 調味料
1 調味料の芽胞菌制御
1. 1 加圧加熱(レトルト)殺菌による制御
1. 2 pH,Aw および低温加熱殺菌の組み合わせによる制御
2 調味料の芽胞菌(指標菌)検出および耐熱性測定
2. 1 芽胞菌の検出
2. 2 芽胞菌の耐熱性測定
第3 章 清涼・果汁飲料
1 清涼飲料で問題となる微生物種
2 果汁飲料で問題となる芽胞形成菌
3 好熱性好酸性菌の検出方法
3. 1 YSG 寒天培地(YSGA 培地)調製方法
3. 2 検体量
3. 3 熱処理
3. 4 培養方法
3. 5 培養条件と判定
4 果汁飲料での制御と原料由来好熱性好酸性菌の検出
5 今後の展望(損傷菌を考慮した制御方法)
第4 章 食肉・食肉製品
1 生食用食肉の危害原因となる病原性微生物
2 食肉製品の危害原因となる微生物
3 食肉,食肉製品における芽胞,損傷菌の検出と制御
4 おわりに
第5 章 水産における損傷菌
1 はじめに
2 水産物の細菌について
3 水産物の損傷細菌について
4 水産物に関連する損傷菌の回復
5 ヒスタミン生成菌
6 おわりに
第6 章 野菜栽培
1 はじめに
2 野菜栽培環境におけるリステリアの挙動
3 ハツカダイコン栽培環境
4 レタス栽培環境
5 トマト栽培環境
6 おわりに
第7 章 青果物加工(カット青果物)
1 カット青果物の特性
2 カット野菜の損傷菌の検出
3 カット野菜の損傷菌の制御
第8 章 HACCP の動向と芽胞・損傷菌問題
1 HACCP システムでの芽胞・損傷菌の
食品製造における問題
2 HACCP システムから見た有芽胞菌食中毒について
2. 1 辛子蓮根によるボツリヌス中毒事例
2. 2 カレーが原因とされるウエルシュ菌食中毒
2. 3 チャーハンおよび焼きそばなどが原因とされるセレウス菌(好気性有芽胞菌)食中毒
3 HACCP システムから見た芽胞について
4 HACCP システムから見た食中毒と損傷菌
4. 1 腸炎ビブリオ食中毒事例(ハードル理論の失敗例)
4. 2 HACCP システムから見た損傷菌について
結言 微生物制御における芽胞・損傷菌の研究と対策の今後の展望
1 芽胞研究と対策法の開発
2 損傷菌研究と対策法の開発