プラスチックをはじめとする高分子材料の大部分は石油から製造されているが、低炭素化社会・循環型社会構築に向けてバイオマス資源の活用が強く望まれている。バイオマスの有効利用技術は、国連が提唱するSustainable Development Goals (SDGs)における17の目標のうち、「目標9 産業と技術革新の基盤をつくろう レジリエントなインフラを整備し、包摂的で持続可能な産業化を推進するとともに、イノベーションの拡大を図る」と「目標12 つくる責任 つかう責任」に関連する重要なものである。また、バイオマスを積極的に活用することは「目標3 すべての人に健康と福祉を あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」、「目標7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「目標13 気候変動に具体的な対策を気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取る」の実現に大きく貢献する。これに先立ちわが国では平成14年に日本政府の総合戦略「バイオマスニッポン」が発表されて以来、セルロースをはじめとするバイオマスの利活用による持続的に発展可能な社会の実現に向けた政策が立案され、実施されてきた。この戦略「バイオマスニッポン」はバイオマスの有効利用に基づく地球温暖化防止や循環型社会形成の達成、さらには日本独自のバイオマス利用法の開発による戦略的産業の育成を目指すものである。また、地球規模での環境保護の観点からバイオマス原料は日本のみならず、世界中から入手可能な安価かつ豊富な資源を積極的に利用しなければならない。
最重要のバイオマス資源であるセルロースは植物界の王者物質であり、天然の植物質の1/3を占める。セルロースはグルコースがグリコシド結合(β-1,4結合)を介して直鎖状に連なった結晶性ポリマーである。セルロースは分子間の強固な水素結合から、汎用溶媒に不溶であり、熱可塑性を示さない。近年、セルロースナノファイバー(CNF)に代表されるナノセルロース材料への関心が高まっている。CNFは軽量(鋼鉄の5分の1)でありながら高強度(鋼鉄の5倍以上)といった特徴から自動車部材、住宅建材、内装材として有望であり、熱による変形が少ない(ガラスの50分の1程度)ことから半導体封止材、プリント基板への応用が想定されている。また、大きい比表面積(250m2/g以上)を利用して、フィルター、紙おむつ用消臭シートといった用途があり、ガスバリア性に優れることから、食品包装容器等のバリアフィルムへの応用がある。また、水中で特異な粘性を示すことから化粧品、食品、塗料といった用途が期待され、高い透明性から透明シートへの利用が想定される。
ナノセルロース材料の代表的な作製法として解繊法、酸加水分解法、TEMPO酸化法、発酵法が上げられる。CNFは幅4~100nm、長さ5μm以上の高アスペクト比のファイバーであり、様々な作製方法が報告されている。TEMPO酸化法などにより化学変性が施された数nmサイズのCNFは表面電荷により水中に良好に分散し、高性能増粘剤としての用途が想定される。すでに事業化され、CNFの機能を活かした製品が上市されている。海外では酸加水分解により製造されるナノクリスタルセルロースに関する研究が活発である。一方、物理的な解繊により製造されるCNFは複合材料用途のフィラーとしての期待が高い。自動車部材の軽量化を重要なターゲットとして、CNF樹脂複合材料の研究開発が産学連携研究により強力に推進されている。樹脂中へのCNFの分散制御に向けて、CNFの表面修飾技術やCNF添加系における成形技術の開発が行われている。このようにCNFには直径や表面構造の異なるタイプがあり、用途に応じて使い分けることが必要である。
本書では、CNFに関する基盤技術として、CNFの製造と評価について8つのテーマに分けて執筆をお願いした。セルロースの誘導化・官能基導入によるCNFの作製やCNFの発酵合成を方法別にまとめた。利用と応用展開については、複合材料を中心に12のテーマを選定し、最先端の研究開発の状況を紹介して頂いた。複合材料に関する章では、樹脂種あるいはCNFの由来に分けて、CNFの特性を活かした複合材料が述べられている。それ以外の応用ではCNFに関する国家プロジェクトの現状やCNFを利用した化粧品、コーティング、ハイドロゲル、炭素材料が紹介されている。いずれも、CNFの将来展望を示す内容であり、CNFの実用化加速と普及を肌で感じる内容である。読者の皆様には、CNFの今後の産業利用に向けた潮流を楽しんでいただければ幸甚である。
(「巻頭言」より)
目次
【第1編 製造と評価】
第1章 TEMPO酸化セルロースナノファイバーの開発と応用展開
1 はじめに
2 セルロースの新たな利用方法,セルロースナノファイバー
2.1 CNFの調製方法
2.2 TEMPO酸化によるCNF の調製
3 増粘剤としてのTEMPO酸化CNFの特徴
3.1 ネットワーク構造の形成
3.1.1 高い増粘性
3.1.2 乳化安定性
3.1.3 分散安定性
3.2 ネットワーク構造のせん断による破壊と再構築
3.2.1 スプレー可能でタレないゲル
3.3 皮膜形成能
3.3.1 微粒子の乾燥時の凝集抑制
3.3.2 ゲル状皮膜の形成
4 開発状況と応用事例
4.1 水性ゲルインクボールペンのインクとしての実用化
5 おわりに
第2章 リン酸エステル化法を用いたセルロースナノファイバーの製造とその特性
1 はじめに
2 CNF製造技術
3 リン酸化CNFの発見とその特長
3.1 微細化エネルギーの低減
3.2 環境調和型の原材料利用
3.3 シンプルな製造プロセス
3.4 セルロースへのダメージを抑制
3.5 リン酸基の官能基としての特徴
4 リン酸化CNFの物性と用途
4.1 CNFスラリー(CNF水分散液)
4.2 透明CNFシート
4.3 CNFパウダー
4.4 その他複合体
5 おわりに
第3章 ザンテート化セルロースナノファイバーの開発
1 はじめに
2 セロファン
3 セロファン製造技術を応用した新しいCNF
3.1 XCNFの調製
3.2 RCNFの調製
3.3 粘度特性
3.4 RCNFの沈降安定性
3.5 分散安定性・乳化安定性
3.6 熱安定性
4 おわりに
第4章 高圧ジェットミル処理技術の開発と応用
1 はじめに
2 セルロースナノ加工品の分類と機械加工
3 高圧ジェットミルによるセルロースナノファイバー加工と特徴
3.1 高圧ジェットミル
3.2 高圧ジェットミルによるセルロースナノファイバー加工
3.3 セルロースナノファイバーの粘度特性および分散安定性の向上について
4 セルロースナノファイバー透明膜および複合膜への応用
4.1 セルロースナノファイバー透明膜
4.2 透明複合膜
5 セルロースナノファイバーの表面処理およびフィルタへの応用
5.1 表面処理(撥水化)
5.2 表面処理(表面電位変化)セルロースナノファイバーを用いた花粉除去フィルタ
6 結び
第5章 ミドリムシナノファイバー
1 はじめに
2 素材としてのパラミロン
3 ナノファイバーの開発
3.1 ミドリムシナノファイバー
3.2 化学修飾ミドリムシナノファイバー
3.2.1 パラミロンサクシネートナノファイバー
3.2.2 カルボキシメチルパラミロンナノファイバー
3.2.3 パラミロンアシレートサクシネートナノファイバー
3.2.4 カチオン化パラミロンナノファイバー
4 おわりに
第6章 発酵ナノセルロースの大量生産とその応用
1 はじめに
2 バクテリアセルロース(BC)
3 酢酸菌におけるセルロース合成
4 発酵ナノセルロース(NFBC)の創製
5 発酵ナノセルロース(NFBC)の大量生産
6 NFBCにおける医療応用の試み
7 まとめ
第7章 セルロースナノクリスタル
1 はじめに
2 CNC/ChNCとは
3 コロイド分散系のメカニズム
4 CNCおよびChNCの荷電基導入・制御による静電安定化
5 CNCおよびChNCの立体安定化
6 CNC/ChNCの材料応用
7 新規なCNC乾燥粉末の製造
8 おわりに
第8章 ナタデココナノファイバー
1 はじめに
2 マイクロビアルセルロース(=微生物セルロース)の生合成
2.1 セルロース合成酵素複合体
2.2 TCの集合状態とバクテリアセルロースナノファイバー(=ナタデココナノファイバー)の形状
3 ナタデココナノファイバー中の結晶構造
4 セルロースナノファイバーネットワーク体(ペリクル=ナタデココ)の機能発現
4.1 医療材料
4.2 酢酸菌をナノビルダーとして用いたナタデココナノファイバーの配向制御とパターン化セルロース三次元構造体の構築への展開
5 水中カウンターコリジョン(ACC)法によるシングルナタデココナノファイバーの創製
6 おわりに
第9章 ナノセルロースの分析・評価法
1 はじめに
2 ナノセルロースの分類
3 分析項目と測定法
4 個別事例
4.1 分光法によるナノセルロースの計測
4.2 ナノセルロースの形態
4.3 ナノセルロースの結晶性
4.4 ナノセルロースの組成分析
4.5 ナノセルロースの熱分析
4.6 受託分析
5 最後に
【第2編 利用と応用展開】
第1章 複合材料
1 セルロースナノファイバーの複合化技術
1.1 はじめに
1.2 ナノフィラーの働き
1.3 TEMPO酸化ナノセルロースの登場
1.4 弾性混練法によるTOCNゴム複合材料の開発
1.4.1 二段階弾性混練法によるTOCNゴム複合材料の調整
1.4.2 二段階弾性混練法によるTOCNゴム複合材料の特性
1.4.3 TOCNゴム複合材料の物性バランスと大きな特長
1.4.4 TOCNセルレーションの一考察
1.5 CWSolid法によるTOCN複合材料作製
1.5.1 CWSolidの考え方
1.5.2 CWSolid法によるゴム系複合材料の調整
1.5.3 CWSolid法による樹脂系複合材料の調整
1.6 おわりに
2 セルロースナノファイバー強化プラスチック―セルロースの変性と複合化技術―
2.1 セルロース強化プラスチック複合材料―ウッドプラスチックからCNFコンポジットへ―
2.2 熱劣化抑制のためのCNF化学変性
2.3 プラスチックとの相容性の向上
2.4 プラスチックとの複合化技術
2.5 パルプ直接混練法により作製した変性CNF強化プラスチックの特性
2.6 まとめ
3 Cellulose Nano Fiber(CNF)の活用
3.1 CNFとは
3.2 CNFブーム
3.2.1 CNFの製造と形態
3.2.2 全く新しい素材?
3.3 改質材としてのCNF
3.3.1 山椒は小粒でピリリと辛い
3.3.2 エポキシ母材のCNF(物理的)変性によるCFRPの疲労寿命の向上
3.3.3 エポキシ母材のCNF(物理的)変性により,なぜCFRPの疲労寿命が向上するのか?
3.3.4 CNFの適量添加により,エポキシ樹脂とカーボン繊維界面の接着強度が増す?
3.4 CNFの活用
4 木質からのリグノセルロースナノファイバーの直接的製造と樹脂複合化技術
4.1 はじめに
4.2 ナノファイバー製造装置
4.3 ナノファイバー製造メカニズム
4.4 木質からの直接的ナノファイバー製造
4.5 リグノセルロースナノファイバーの製造効率化
4.6 ナノファイバーの樹脂複合化技術
4.7 おわりに
5 セルロースナノファイバー強化ゴム材料の開発
5.1 はじめに
5.2 CNFの作製方法と特徴
5.3 CNF強化ゴム材料
5.3.1 CNFとゴムとの混練技術に関する動向
5.3.2 CNF強化ゴム材料の作製
5.3.3 CNF強化ゴム材料の引張物性
5.4 CNF強化スポンジゴム材料
5.4.1 CNF強化スポンジゴム材料の作製及び評価方法
5.4.2 CNF強化スポンジゴム材料の寸法安定性
5.4.3 CNF強化スポンジゴム材料の内部構造
5.5 CNF強化ゴムブレンド材料
5.6 おわりに
第2章 その他の利用と応用展開
1 セルロースナノファイバーの用途展開の動向―環境省NCV(Nano Cellulose Vehicle)プロジェクトについて―
1.1 はじめに
1.2 NCVプロジェクトの構成(2017年度,2018年度成果を中心にして)
1.2.1 全体構成
1.2.2 各グループの役割分担
1.3 CNFに期待すること
1.4 今後の展望
2 セルロースナノファイバーを利用した木質材料の開発
2.1 はじめに
2.2 木質ボード類におけるCNFの利用技術開発
2.2.1 木質ボードとは
2.2.2 木粉ボードへのCNF添加による補強効果の実証
2.2.3 ファイバーボードへのCNF添加による補強効果の実証
2.2.4 その他の木質ボード類へのCNF添加による補強効果の実証
2.3 混練型木材プラスチック複合材料におけるCNFの利用技術開発
2.3.1 混練型WPCとは
2.4 総括
3 セルロースナノファイバーの炭化による新規炭素材料の調製と特性解析
3.1 はじめに
3.2 ナノセルロースを炭素源とする機能性炭素材料
3.3 おわりに
4 セルロースナノファイバーをベースとした高伸縮・温度応答ハイドロゲル
4.1 はじめに
4.2 セルロース系高分子材料の分子レベルでの構造設計と機能化
4.3 CNFからの高伸縮材料
4.3.1 シランカップリングによる修飾CNF
4.3.2 無水マレイン酸修飾CNF:重合能・良分散性の両立と複合ゲルの物性制御
4.4 おわりに
5 CNFを用いた自己修復性防食コーティング
5.1 はじめに
5.2 金属の腐食と防食コーティング
5.3 自己修復性防食コーティングの構造
5.4 コーティングの評価方法
5.5 自己修復性防食コーティングの開発
5.5.1 セルロースナノファイバーを用いた自己修復性防食コーティング
5.5.2 セルロースナノファイバーを用いた自己修復性防食コーティングにおける各種腐食抑制剤の影響
5.5.3 セルロースナノファイバーを用いた自己修復性防食コーティングにおけるコーティング内pHの影響
5.6 まとめ