「おいしさ」とは何であろうか? 「おいしさは主観。人それぞれ違うもの」と答えるのは簡単である。実際、おいしさは、味やにおいだけではなく、テクスチャー(食感)、見た目、音などにも左右されるため、客観的議論は難しそうである。加えて、その場の雰囲気、環境、食習慣、食文化なども影響するため、その解析は一筋縄でいきそうにない。
しかし、食品業界が「いかに売れるか」を模索し、新しい食品作りに日夜努力しているのも、また事実である。日本古来の文化である日本酒や味噌、醤油などの製造においても例外ではなく、おいしさの追求が日々なされている。加えて、値上げや安全性の問題で食に対する関心が高まっている現在、科学的な知見から無駄をなくしたり、安全性を高めたりするために、食品メーカーだけではなく様々な分野が、新商品の開発にしのぎを削っている。
またもちろん、食品には安全性が要求される。そのため、感染症予防ならびに食品産業分野における食中毒の発生予防のためには現場における簡易迅速な病原菌、ウイルスおよび毒素の検査が不可欠である。
本書は、冒頭の疑問「おいしさとは何であろうか」に現時点での解を与え、さらに安全と安心を得る種々の試みに言及すると同時に、食品業界や大学、研究所における「おいしさ作り」の現状を紹介するものである。
また、「新規需要の掘り起こし」「ジャンルとしての確立」「ライフスタイルの変化」「食の多様化」といった中で、新しい科学技術である「味覚センサ」「においセンサ」の価値がますます増してきており、この新規科学技術に言及するのも本書の大きな特徴である。
加えて、食事は人の五感を総動員して行うものであるが、この五感全てに言及する初の成書とも言える。
科学技術が進化し、私たちは、自分の感じる味、おいしさを客観的に議論できる世界に入っている。味覚や嗅覚といった五感最後の壁とも言われていた感覚に科学のメスが入り、触覚や視覚に関する技術の著しい発展と融合することで、おいしさを科学する新しい世紀に入ろうとしている、その現状を概観するものである。
本書は、総論編、五感基礎編、応用編、商品開発編の4編から構成され、基礎から応用、現場まで網羅している。以上、本書は、食のおいしさと安全・安心に関する最新の研究開発、関連技術情報を種々の視点から議論、提供したものであり、食品メーカー、医薬品メーカー、化学メーカーの研究開発担当者や、大学、各種研究機関の研究者に幅広く、高い関心を持って読んで頂けるものと確信している。
目次
【総論編】
第1章 おいしさのしくみ 山本 隆
1 おいしさ発現の意義
2 おいしさ発現の感覚要素
3 おいしさの成り立ち
3.1 本能的なおいしさ
3.2 学習によるおいしさ
4 おいしさの脳のしくみ
4.1 神経回路によるおいしさ
4.2 脳内物質によるおいしさ
5 おいしさと自律神経活動
6 おいしさの学習・記憶
7 おいしさとやみつき
第2章 医薬品の味について 内田享弘
1 官能試験による医薬品の味評価
2 味覚センサによる医薬品の味評価
3 フレーバー添加による経腸栄養剤服用性改善の解析12)
3.1 SD法について
3.2 各種経腸栄養剤評価スコア(SD法)の解析(フレーバーの添加効果)
4 市販ドリンク剤・生薬成分の評価
【五感基礎編】
第3章 味覚 飯山 悟
1 食品
2 料理
3 味覚の生理学
3.1 舌での感覚
3.2 受容体(レセプター)
3.3 舌から脳へ
第4章 味覚センサ 都甲 潔
1 「味」とは
2 味覚センサの原理と構造
3 基本味応答
4 食品への応用例
5 ハイブリッド・レシピ
6 食譜
第5章 嗅覚 柏柳 誠
1 はじめに
2 匂い物質の性質
3 匂い受容器
4 匂いの識別
5 三叉神経による匂い受容
第6章 味と匂いの記憶 神宮英夫
1 はじめに
2 記憶心理物理学
3 味の記憶とキー品質
第7章 匂いと視覚 外池光雄
1 はじめに
2 匂いに対する非侵襲脳機能計測
2.1 匂いの脳磁図(MEG)計測と匂い中枢部位の推定
2.2 f-MRIによる匂いの計測
3 視覚画像刺激に対する非侵襲脳機能計測
3.1 刺激画像のカテゴリー別に対する脳活動の計測
3.2 食物関連画像刺激に対する脳活動の非侵襲計測
4 匂い刺激と視覚画像刺激の同時刺激実験
4.1 f-MRIによる匂いと視覚の実験
4.1.1 f-MRI実験
4.1.2 匂いの心理実験
4.2 匂いと視覚の同時刺激によるf-MRI実験の解析結果
4.2.1 Pleasant-Unpleasantに対する解析結果
4.2.2 Match-Mismatchに対する解析結果
5 マルチモーダル感覚刺激と非侵襲脳研究の今後の展望
第8章 匂いセンサ 南戸秀仁
1 はじめに
2 匂いセンサシステム
3 匂いセンサシステムの食品への応用
4 匂いセンサシステムの医療分野への応用
5 まとめ
第9章 テクスチャーの知覚の要素と表現用語 山野善正
1 力学的感覚
2 口腔機関の機能
3 温度
4 外観,色
5 音
6 味覚への影響
7 テクスチャーの表現
8 まとめ
第10章 多素子感圧センサを用いた食感の可視化 東 輝明
1 はじめに
2 触覚センサの食品分野への展開
3 食感センサシステム高速化の実現
3.1 高速化の意義
3.2 フィルム式圧力分布センサシステムの構造と特徴
3.2.1 センサシステムの構造について
3.2.2 感圧原理について
3.2.3 回路について
3.3 高速サンプリングシステムの検証
4 食感センサシステム(Mscan)の概要
4.1 食感センサシートの仕様
4.2 食品咀嚼試験について
4.3 現場用 MscanⅣの現状
第11章 視覚 志堂寺和則
1 はじめに
2 食品における色彩の影響
3 食品の外観から得られる情報の知覚
4 食感性モデル
第12章 聴覚と食品のおいしさ 西津貴久,倉澤郁文,高橋浩二
1 はじめに
2 食品破砕時の振動
3 食感評価における咀嚼音の役割
3.1 咀嚼音を表す擬声語
3.2 破砕性食品の咀嚼音の周波数分析と食感評価
3.3 咀嚼音のマスキングによる効果
4 嚥下音測定とその応用
【応用編】
第13章 味覚センサで味を科学する 池崎秀和
1 はじめに
2 味認識装置の応用
2.1 固形物の口腔内での味の時間変化
2.2 賞味期限への応用
2.3 味認識装置を用いた難溶性医薬品の苦味評価(直塗り方法の開発)
3 おわりに
第14章 医薬品の苦味マスキングと味覚センサによる苦味の数値化
吉田 都,内田享弘
1 医薬品の苦味マスキング法の理論
1.1 官能的マスキング法
1.2 化学的マスキング法
1.3 物理的マスキング法
2 味覚センサによる苦味評価系の構築
2.1 味覚センサによるH1受容体拮抗薬の苦味の数値化
2.2 味覚センサによる苦味マスキング評価の実際
(アムロジピンOD錠およびファモチジン口腔内速崩壊錠の苦味マスキング評価)
第15章残留農薬検知への応用 田原祐助,都甲 潔
1 はじめに
2 農薬
3 残留農薬の分析技術
3.1 機器分析
3.2 簡易分析
4 新しい残留農薬検知技術の試み
4.1 脂質高分子膜電極の作製
4.2 残留農薬の検出
5 おわりに
第16章 におい識別装置を用いたおいしさの定量 喜多純一
1 はじめに
2 嗅覚感覚量とは
3 おいしさはどのように求めるか?
4 におい識別装置FF-2020の装置上の工夫
5 解析方法の工夫
5.1 絶対値表現解析スタンダードモード
5.2 絶対値表現解析ユーザーモード
5.3 偏位臭マップ法
6 まとめ
第17章 匂いのセンシングと匂いの再現 中本高道
1 はじめに
2 匂いの記録再生
3 水晶振動子ガスセンサを用いた匂いの記録再生
4 実時間質量分析を用いた匂いレシピの計測
5 匂い要素臭の探索方法
6 まとめ
第18章 着香検知センサの開発 松本 清
1 はじめに
2 SPRセンサ
3 抗体の作製
4 間接競合SPRセンサによるにおい成分の測定
4.1 ベンズアルデヒド(BZ)の高感度検出
4.2 アントラニル酸メチル(MA)の高感度検出
5 おわりに
第19章 食中毒細菌検知のためのSurface plasmon resonance (SPR) バイオセンサの開発
小林弘司,宮本敬久
1 はじめに
2 SPRバイオセンサの基本原理と留意点
3 SPRバイオセンサの食品検査への応用 ―牛乳中の大腸菌の検出―
4 おわりに
第20章 牛肉のプロテオーム解析と味覚センサ 千国幸一
1 はじめに
2 味覚センサによる牛肉の分析
3 牛肉のプロテオーム解析とおいしさ
4 おわりに
第21章 センサ付き多機能オーブンレンジによるおいしさ作り 肥後温子
1 電子レンジの多機能化と自動化
2 自動温め機能の進歩
3 電子レンジ庫内の加熱むらと給電方式
4 出力可変化路線と多機能・自動化路線
5 マイクロ波の昇温特性と食品内の加熱むら
6 マイクロ波加熱法の利点と欠点
7 多機能オーブンレンジの機能別性能比較
8 評判の良いメニューとメニュー別使い分け
9 過熱水蒸気はおいしさと健康をアピール
10 マイクロ波は調理のアシスタントとして力を発揮
11 おいしさを引き出すコツ(サポート編)
12 体にも環境にもやさしい調理法の提案
第22章 食品の鮮度・機能性・安全性の簡易センシングシステム
大熊廣一,佐藤稔英
1 はじめに
2 酵素センサの原理および特徴
3 おいしさや鮮度(活きの良さ)をはかる
4 機能性をはかる
5 安全をはかる
5.1 ヒスタミン中毒を防ぐ
5.2 鮮魚の温度履歴をはかる
5.3 残留農薬をはかる
6 おわりに
第23章 おいしさと安全・安心を支える情報技術 杉山純一
1 異物検知の技術
2 蛍光指紋(励起蛍光マトリクス)
3 かび毒(デオキシニバレノール)の検知への応用
4 食品分野における情報伝達の問題点
5 市場流通農産物の情報伝達システム「青果ネットカタログ:SEICA」
6 XMLがつなぐ民間企業との公的DBの情報連携モデル
【商品開発編】
第24章 味覚センサを用いた、おいしさを重視した医薬品開発 北村雅弘
1 医薬品開発における味覚センサの必要性
2 原薬の味比較マップ
3 セチリジン塩酸塩OD錠「サワイ」における苦味マスキング
4 ドネぺジル塩酸塩OD錠「サワイ」における苦味マスキング
5 セフジニル細粒小児用10%「サワイ」のおいしさの理由
6 セフカペンピボキシル塩酸塩小児用細粒10%「サワイ」の飲み合わせ情報マップ
7 味覚センサの導入効果(まとめ)
第25章 味覚センサを用いた冷凍食品の開発 若生直浩,田嶋 徹
1 はじめに
2 味覚センサとの出会い
3 味覚センサの活用例
3.1 有名ラーメン専門店スープの開発
3.2 パスタの味比較
3.3 専門店の味比較図
4 おわりに
第26章 味覚センサを用いたコーヒー創り 石脇智広
1 はじめに
2 コーヒー創りにおける味覚センサの有用性
3 味覚センサによるコーヒー創り
3.1 データベース構築
3.2 インスタントコーヒーの商品設計
3.3 リキッドコーヒーの商品設計
3.4 レギュラーコーヒーの商品設計
4 まとめ
第27章 味覚センサを用いた新しい医薬品の創製 原田 努,櫻井真帆
1 新製剤への期待と課題
2 医薬品開発初期における原薬の味の評価
3 内服ゼリー剤の味の評価
4 固形製剤の味の評価
第28章 味覚センサを用いた新しいだしの創出 土居幹治
1 はじめに
2 節類の味
3 荒節と枯節の違い
4 かつお節と昆布の相乗効果
5 だしの減塩効果
6 コク味を上げる
7 新しいだしの創出
8 まとめ
第29章 飲料・食品の嗜好性の解明とその評価法 永井 元
1 消費者の購買行動からわかる嗜好性要因
2 嗜好形成・獲得メカニズムの仮説
3 事例1:継続摂取と嗜好形成
4 事例2:嗜好を客観的に計測する
5 食品・飲料商品開発への応用にむけて
第30章 おいしい日本酒造りへ向けて 蟻川幸彦
1 はじめに
2 清酒醸造法
3 酒の成分
3.1 酒の色
3.2 酒の香り
3.3 酒の味
4 清酒酵母の育種による風味改良
5 おいしい酒をいかに評価するか
6 おわりに
第31章 酵素による食品テクスチャーの制御 丹尾式希
1 はじめに
2 酵素によるタンパク質含有食品のテクスチャー制御
2.1 タンパク質架橋酵素「トランスグルタミナーゼ」
2.2 タンパク質脱アミド化酵素「プロテイングルタミナーゼ」
3 酵素によるデンプン含有食品のテクスチャー制御
4 おわりに
第32章 薩摩鴨の安全性とおいしい商品創り 野口愛子
1 はじめに
2 アイガモ農法に適した「薩摩鴨」誕生の経緯と飼育法
2.1 「薩摩鴨」誕生の経緯
2.2 飼育法の特徴
3 肉質・脂質の特徴と味の深み
4 鴨肉の特性を生かした商品化
5 おわりに
第33章 多変量解析を用いたアイスクリームの品質設計 井上恵介
1 はじめに
2 フリージング
3 アイスクリーム組織への影響
4 アイスクリームの物性への影響
5 おいしさへの影響
6 総括
第34章 おいしさの可視化 小柳道啓,荒谷和博
1 おいしさとは
2 味認識装置を利用したおいしさの可視化,事例1
3 味認識装置を利用したおいしさの可視化,事例2
4 味認識装置を利用したおいしさの可視化,事例3