熱電発電技術は、熱を直接電気に変換することができ、小規模分散型の排熱回収技術として期待されています。昨今の環境・エネルギー問題への関心の高まりだけでなく、近未来のIoT(Internet of Things)社会において重要な役割を果たす、センサー駆動用の自律型電源としても、熱電発電技術への関心がますます深まっています。そこでこのたび、前書「熱電変換技術の基礎と応用 ―クリーンなエネルギー社会を目指して―」から内容をアップデートとするとともに、最先端の材料や技術を多数掲載した本書「次世代熱電変換材料・モジュールの開発 ―熱電発電の黎明―」を出版することにいたしました。
本書の構成ですが、第I編の総論で、熱電変換材料の変遷と熱電発電への期待を概説しました。第II編の材料開発・探索では、既存熱電材料の解説は他の多数の良書に譲ることとし、今まさに脚光を浴びているホットな新材料や新原理を第1章でとりあげました。また、前書「熱電変換技術の基礎と応用 ―クリーンなエネルギー社会を目指して―」の出版から8年の間に、熱電材料開発の新潮流を作りつつある有機複合熱電材料を第2章で、計算科学及びマテリアルズ・インフォマティックスを第3章でとりあげ材料技術トピックスの充実をはかっていることも、本書の一つの大きな特徴であります。第III編では、素子化、モジュール化、デバイス化に重要であるものの、これまで見過ごされがちであった周辺技術についてもとりあげ、さらに実用間近のモジュール・デバイス化に関する例をいくつかご紹介しています。第IV編以降では、熱電材料及びモジュールの特性評価について述べるとともに、将来展望について触れ結びとしています。
熱電変換材料及び技術の発展は日進月歩の世界であり、様々な取り組みが現在進行形で成されている状況ではありますが、第一線の研究者・技術者の方々に執筆頂くことで、幅広い研究分野にまたがる充実した内容をお届けすることができたと自負しております。本書が、熱電変換技術に関わる研究者・技術者の方々のお役にたち、またこの分野へ新規参入される研究者・技術者のきっかけとなり、さらには熱電発電技術を世に送り出す研究に少しでも多くの研究者・技術者が参加して頂く一助となれば幸いです。
本書発刊にあたり、多忙な業務の合間をぬって本書の執筆をご快諾頂いた執筆者各位に厚く御礼を申し上げます。また、旬の研究をバランス良く編集してくださった編集委員の(国研)産業技術総合研究所グループ長・舟橋良次先生、東京大学教授・塩見淳一郎先生、奈良先端科学技術大学院大学助教・野々口斐之先生他関係者の皆様に感謝の意を表します。
目次
【第Ⅰ編 総論】
第1章 熱電変換材料の変遷とこれから
1 はじめに
1.1 熱電材料とは
1.2 熱電材料の応用分野
1.3 熱電材料の効率とZT
1.4 出力因子
1.4.1 自由電子モデルに基づく熱電特性の理解
1.4.2 ボルツマン輸送方程式に基づく熱電特性の理解
1.5 格子熱伝導率
1.5.1 古典的な格子熱伝導率のモデル
1.5.2 フォノン散乱機構
2 熱電変換材料の変遷
3 熱電材料に適した物質の選定指針
3.1 出力因子の高い物質の選定
3.1.1 ナローギャップ半導体
3.1.2 プリン型バンドと擬低次元系
3.1.3 強相関電子系
3.2 格子熱伝導率の低い物質の選定
3.2.1 重元素化合物
3.2.2 イオン伝導体
3.3 PGEC(フォノン・グラス・エレクトロン・クリスタル)
3.3.1 かご状構造
3.3.2 ミスフィット層状構造
3.3.3 チムニーラダー構造
4 熱電特性の最適化
4.1 出力因子の最適化
4.1.1 キャリア濃度の最適化
4.1.2 半導体と金属の複合化
4.2 格子熱伝導率の低減
4.2.1 同族元素置換
4.2.2 ナノスケール析出物
4.2.3 結晶粒微細化
4.2.4 全スケール散乱構造
4.3 バンドエンジニアリング
4.3.1 バンド端縮重
4.3.2 ナノ構造化
4.3.3 エネルギーフィルタリング
4.3.4 準結晶
5 熱電変換材料のこれから
第2章 未利用熱エネルギーの活用技術開発と熱電変換への期待
1 はじめに
2 産業分野の排熱実態
3 自動車分野の熱マネージメント技術
4 国のプロジェクトの動向
5 熱電変換の普及に向けた課題と期待
【第Ⅱ編 材料開発・探索】
第1章 新材料と新原理
1 高性能N型Mg3(Sb、Bi)2の開発
1.1 はじめに
1.2 N型Mg3(Sb、Bi)2の熱電物質としての優れた特徴
1.3 Mg3(Sb、Bi)2のN型化を左右する二つの顔;Mg過剰状態とSb過剰状態
1.4 粒界散乱の抑制によるZTの向上
1.5 まとめと展望
2 環境と調和する高効率な熱電人工硫化銅鉱物
2.1 はじめに
2.2 四面体ネットワーク構造
2.3 ケステライト・ファマチナイト
2.4 コルーサイト
2.5 テトラヘドライト
2.6 まとめ
3 Naを内包した螺旋トンネル骨格構造を有する多元系ジントル化合物
3.1 ジントル化合物
3.2 螺旋トンネル骨格構造を有するジントル化合物
3.2.1 Na2+xGa2+xSn4-x
3.2.2 Na2+xAl2+xSn4-x およびNa2In2Sn4
3.2.3 Na2ZnSn5
3.3 トンネル構造化合物の熱伝導率とラットリング
3.4 まとめ
4 磁性半導体を利用した熱電材料
4.1 磁性半導体を利用するメリット
4.2 新規な磁性半導体における高熱電性能
4.2.1 CuFeS2系
4.2.2 CuCr2S4などのスピネル系カルコゲナイド
4.2.3 Cr2Se3系
4.3 希薄磁性半導体(磁性イオンドープ)における熱電特性の増大
4.4 スピン揺らぎによる熱電特性の増大の観測
5 5d電子系酸化物のスピン流誘起熱電変換
5.1 はじめに
5.2 スピン-軌道相互作用と5d電子系酸化物
5.3 スピン流とスピンホール効果
5.4 5d電子系酸化物の巨大逆スピンホール効果
5.5 5d電子系酸化物のスピン流誘起熱電変換
5.6 ワイル/ディラック半金属
5.7 おわりに
6 異常ネルンスト効果を用いた熱電発電
6.1 ネルンスト効果を用いた熱電応用
6.2 異常ネルンスト効果
6.3 異常ネルンスト効果を用いた熱電応用の利点と課題
6.4 大きな異常ネルンスト効果を示す材料
7 増感型熱利用発電の開発と展望
7.1 熱源に埋めても使える増感型熱利用発電電池
7.2 光励起? 熱励起?
7.3 実験結果
7.4 「永久機関」ではない
7.5 エントロピーはどうなっているか?
7.6 結び
第2章 有機複合熱電材料
1 カーボンナノチューブを基盤とする熱電変換材料
1.1 はじめに
1.2 熱電変換材料としての特徴
1.3 構造物性相関
1.4 ドーピング手法の開発
1.5 まとめと展望
2 フェルミレベルと配列を制御した単層カーボンナノチューブの薄膜熱電特性
2.1 はじめに
2.2 一次元電子構造と熱電特性の関係
2.2.1 電気化学ドーピングと熱電計測を組み合わせたデバイス構造
2.2.2 半導体型SWCNTの熱電特性のフェルミレベル依存性
2.2.3 単一カイラリティ半導体型SWCNTおよび金属型SWCNTの電子構造と熱電特性の関係
2.3 一次元構造と薄膜熱電物性の関係
2.4 まとめ
3 カーボンナノチューブの熱電効果の理論
3.1 カーボンナノチューブの熱電効果の研究背景
3.2 カーボンナノチューブの熱電効果の実験
3.3 熱電応答に対する久保・ラッティンジャー理論
3.4 久保・ラッティンジャー理論のカーボンナノチューブへの応用
3.5 まとめ
4 n型単層カーボンナノチューブシートの安定化とメカニズム探索
4.1 緒言
4.2 n型安定化メカニズムの解明へ
4.3 最後に
5 導電性高分子の熱電物性
5.1 はじめに
5.2 代表的な導電性高分子材料
5.3 導電性高分子の電荷キャリア
5.4 代表的な電荷輸送モデルとS-σ関係
5.4.1 乱れを含まない系
5.4.2 乱れを含んだ系
5.4.3 導電性高分子で観測されるS-σ関係
5.5 電解質ゲート法によるキャリア濃度制御とS-σ関係
5.6 おわりに
6 有機半導体における巨大ゼーベック効果
6.1 はじめに
6.2 有機熱電材料の広範囲探索結果
6.3 低キャリア密度有機半導体に見られる巨大ゼーベック効果
7 熱化学電池
7.1 序論
7.2 動作原理
7.3 酸化還元活物質
7.4 ホスト-ゲスト化学の利用
7.5 溶媒
7.5.1 イオン伝導度の向上
7.5.2 動作温度領域の拡大
7.5.3 ゼーベック係数の向上
7.6 電極
7.7 固体化および半固体化およびセパレータ
7.8 様々な作動形式
7.9 おわりに
第3章 計算科学及びマテリアルズ・インフォマティクスによる材料設計
1 隠れた擬一次元性による電力因子の増強:新規カルコゲナイド物質の視点から
1.1 一次元的電子状態による電力因子の増強
1.2 CuCh4を構成要素に持つ化合物における隠れた擬一次元性
1.3 LnOiPnCh2と微小ギャップを持つ擬一次元Dirac型分散
1.4 終わりに
2 さまざまな計算材料科学手法による熱電変換へのアプローチ
2.1 緒言
2.2 電子的特性と熱的特性の類似性と違い
2.3 各計算手法の長所と短所
2.3.1 概論
2.3.2 第一原理計算法
2.3.3 原子間相互作用力場モデル
2.3.4 格子動力学法
2.3.5 分子動力学法
2.4 伝導に関する事例
2.5 結言
3 第一原理計算と実験を活用した新奇硫化物熱電材料のスクリーニングと作製
3.1 はじめに
3.2 OpenMXとBoltzTraPを用いた第一原理電子輸送計算
3.3 OpenMXとBoltzTraPを用いた熱電材料のハイスループットスクリーニング
3.4 OpenMXとBoltzTraPを用いた硫化物熱電材料のハイスループットスクリーニング
3.5 硫化物ZnCr2S4の熱電物性
4 計算科学・実験・機械学習を用いたIoT機器駆動用新規熱電材料の開発
4.1 はじめに
4.2 計算科学に基づく材料選定
4.3 機械学習による発電特性の向上
4.4 おわりに
5 解釈可能な機械学習を用いたスピン熱電材料開発
5.1 スピン熱電材料
5.2 解釈可能な機械学習を用いたマテリアルズ・インフォマティクス
5.3 解釈可能な機械学習を用いたスピン熱電材料開発
5.3.1 第1ステップ:材料ビッグデータの作成/収集
5.3.2 第2ステップ:解釈可能な機械学習モデルの構築
5.3.3 第3ステップ:人間による解釈と材料スクリーニング
5.3.4 第4ステップ:材料合成
5.4 おわりに
6 熱電特性データベースの構築
6.1 熱電特性の試料依存性
6.2 Starrydata2 webシステムの開発
6.3 論文からの実験データの収集作業
6.4 実験データの直接比較
6.5 実験データと第一原理計算の比較
6.6 実験データと第一原理計算データによる電子緩和時間の計算
6.7 まとめ
【第Ⅲ編 素子・モジュール・デバイス化】
第1章 熱電発電における熱的インピーダンスマッチング
1 はじめに
2 熱的インピーダンスマッチング
3 熱的インピーダンスマッチングのための熱設計
4 まとめ
第2章 熱電変換デバイスにおける半導体接合技術とその信頼性
1 はじめに
2 熱電変換技術における実装技術の重要性
3 フレキシブル熱電変換デバイスの設計とデバイス実装
4 フレキシブル熱電変換デバイスの作製方法と変換特性
5 フレキシブル熱電変換デバイスの機械的信頼性と接合部分の接合信頼性
6 熱電変換デバイスに向けた耐熱接合技術
7 おわりに
第3章 IoT応用向け蓄熱型熱電発電装置の開発と実証
1 はじめに
2 必要発電量の計算
3 熱源温度シミュレーション
4 蓄熱材―潜熱蓄熱材と顕熱蓄熱材―
5 熱電発電装置
5.1 装置構成
5.2 蓄熱材量
6 実験
7 実証実験
7.1 潜熱利用型熱電発電装置
7.2 顕熱利用型熱電発電装置
8 おわりに
第4章 Bi2Te3薄膜を利用した熱電マイクロジェネレーター
1 はじめに
2 Bi2Te3薄膜生成
3 薄膜ジェネレーターの作製
4 熱電マイクロジェネレーターの作製
5 高ZTナノ構造熱電薄膜のモジュール化
6 印刷型Bi2Te3熱電モジュール
7 まとめ
第5章 CMOSプレーナプロセスで製造可能な
1 はじめに
2 平面型キャビティ・フリー短レグ熱電発電モジュールの構造
3 平面型キャビティ・フリーSi熱電発電デバイスの試作
4 今後の展望
第6章 光熱電型フレキシブルテラヘルツスキャナ
1 序論
2 フレキシブルTHz帯撮像素子
2.1 動作原理―光熱起電力効果―
2.2 熱構造最適化による温度勾配の向上
2.3 PN接合形成による相対ゼーベック係数の向上
3 非破壊撮像検査応用
4 まとめ
【第Ⅳ編 評価・信頼性】
第1章 熱電変換材料の特性評価
第2章 熱電モジュールの特性評価
1 はじめに
2 理論
3 測定方法
4 測定例
5 熱電モジュールの標準化
6 最後に
第3章 バルク熱電材料のハイスループットな研究手法
1 はじめに
2 一方向凝固により作製した組成傾斜材料を用いたハイスループット研究
2.1 組成傾斜試料の作製
2.2 状態図情報の抽出、材料組織マッピング
2.3 組成の関数としての熱電特性マッピング
3 マルチプル拡散を利用した手っ取り早い多元系状態図決定方法
4 おわりに
第4章 熱電材料のハイスループットスパッタ合成と評価
1 はじめに
2 コンビナトリアルスパッタコーティングシステム(COSCOS)
2.1 薄膜作製モード
2.2 物質探索モード
2.3 デバイス作製モード
3 COSCOSの活用例
3.1 薄膜作製モードの適用例1:BiTe系薄膜材料
3.2 薄膜作製モードの適用例2:熱電材料の伝熱制御への応用
3.3 デバイス作製モードの適用例:BiTe系薄膜材料
3.4 物質探索モード:熱電材料のコンビナトリアル探索
4 まとめ
【第Ⅴ編 産業・世界展望】
第1章 国内外の熱電材料開発の現状と動向
1 はじめに
2 熱電発電における熱電材料の役割
3 熱電変換材料の研究・開発のロードマップ
4 熱電国際会議にみる熱電変換材料の研究・開発の動向
5 国別の熱電変換材料研究の特徴
6 おわりに
第2章 熱電発電の応用展開
1 はじめに
2 熱電応用の歴史と現在
3 熱電冷却・温調の応用製品
4 熱電発電の産業利用に向けて
4.1 エネルギーハーベスティング(EH)
4.2 自立電源
4.3 排熱回収
第3章 エネルギーハーベスティング関連の動向と熱電発電に求められるもの
1 はじめに
2 エネルギーハーベスティング技術の開発・実用化動向
2.1 光エネルギー利用技術
2.2 力学的エネルギー利用技術
2.3 熱エネルギー利用技術
2.4 電波エネルギー利用技術
3 エネルギーハーベスティングの市場動向
4 熱電発電に求められるもの
第4章 未利用熱エネルギーの国家プロジェクトの動向と熱電発電に求めるもの
1 はじめに
2 未利用熱エネルギーの国家プロジェクトの動向
3 熱電変換技術の開発と国家プロジェクトの動向
4 未利用熱エネルギーの研究開発における熱電変換の位置付け
4.1 Reduce:熱の使用量を減らす技術(断熱、遮熱、蓄熱)
4.2 Reuse:熱を熱のまま使う(再利用する)技術(ヒートポンプ、(蓄熱))
4.3 Recycle:熱を変換して再生利用する技術(熱電変換、排熱発電)
5 その他の熱電変換技術
6 未利用熱の実態から見た熱電変換に対する期待
7 熱電変換に求める性能について
8 最後に