本書の『グリケーションの制御とメイラード反応の利用』という書名は,監修者として考えを巡らした末に決めたものです。メイラード反応は、グリケーション(糖化)の上位概念ですので、両者を併記することに違和感を覚える方もおられるかもしれません。医学領域に携わる方の多くは、グリケーションを生体内での現象としてとらえ,疾病や老化との関連から、「制御」が重要とお考えかと思います。一方、食品分野で仕事をされている方は、食品に様々な特性を付与するメイラード反応の積極的な「利用」についても注目されていることでしょう。このような背景から、「生体内におけるグリケーションの制御と食品におけるメイラード反応の制御・利用」という思いを、簡潔な書名に託しました。
今回、上述したような2本の柱を据えることにより、類書のない魅力的な書籍を誕生させることができました。本書各章では、独立して有用な情報が提供されていますが、全体を通読することで、グリケーションあるいはメイラード反応の全体像を把握できる意義は大きいと考えています。また、メイラード反応の有する意外な一面に遭遇することもできるかと思っています。
目次
【第I編 グリケーションとメイラード反応】
第1章 メイラード反応の歴史と概観
第2章 メイラード反応の機構
1 はじめに
2 メイラード反応に関与する化合物
3 メイラード反応に影響する諸因子
4 初期段階生成物
5 カルボニル化合物の生成と後期段階生成物
6 後期段階反応生成物
6.1 後期段階反応においてみられる現象
6.2 蛍光を有する架橋生成物
6.3 その他のAGEs
6.4 メラノイジンの生成と生成機構
7 おわりに
第3章 疾病とメイラード反応―生活習慣病を中心とした疾患とAGEsとの関連性について―
1 はじめに
2 生活習慣病と血管障害
2.1 細小血管障害
2.2 大血管障害
3 その他の病態について
3.1 白内障
3.2 肝疾患
4 生活習慣病における血中AGEsの変化
5 まとめ
第4章 食品とメイラード反応
1 食品中のメイラード反応に影響する諸因子
2 メイラード反応による低分子生成物
3 褐変に伴って起こる諸現象
3.1 加熱香気
3.2 カラメル化反応(caramerization)
3.3 栄養生理的影響
3.4 褐変の利用と防止
4 食品中のメイラード反応生成物の定量
5 調味液のコクに寄与する香気成分
6 不揮発性メイラード反応生成物の呈味への影響
7 おわりに
第5章 環境中におけるメイラード反応
1 はじめに
2 環境中の有機物
3 腐植物質
4 腐植物質とメイラード反応
5 おわりに
第6章 メイラード反応生成物の検出と定量
1 はじめに
2 LC-MS/MSを用いたAGEs測定
2.1 測定例1:試験管内で調製したα-ジカルボニル由来AGEsの測定
2.2 測定例2:漢方薬 [阿膠]の測定
2.3 測定例3:尿中CMAの測定
3 まとめ
第7章 線虫を用いたメイラード反応の解析系
1 はじめに
2 線虫 Caenorhabditis elegans
2.1 線虫とは
2.2 線虫の培養方法
3 線虫を用いた老化研究
4 線虫を用いた体内メイラード反応の解析
5 おわりに
第8章 味覚センサを利用したメイラード反応生成物の解析
1 はじめに
2 味覚センサによる味の「ものさし」(味の単位)創り
3 味のコクの視覚化
4 メイラード反応の視覚化の可能性
4.1 基礎データ
4.2 味噌・醤油の評価例
4.3 牛肉の加工の違い
4.4 トマトの加熱による味の変化
5 まとめ
【第II編 生体におけるグリケーション】
第9章 生体タンパク質の糖化
1 食品化学から医学生物学に広がる糖化研究
2 生体内で糖化タンパク質は作られる
2.1 栄養代謝異常(高血糖)
2.2 炎症,酸化ストレス
2.3 加齢
2.4 腎機能低下
3 生体に備わるタンパク質糖化抑制のメカニズム
3.1 グリオキサラーゼ(GLO)を介したAGE前駆体の消去系
3.2 抗酸化化合物
4 糖化タンパク質は生体で何をしている?
5 診断・治療マーカーとして役立つ糖化タンパク質
5.1 Hba1c,グリコアルブミン
5.2 ペントシジン,カルボキシメチルリジン(CML)
5.3 蛍光AGEs
6 まとめ
第10章 糖化ストレス
1 はじめに
2 細胞とストレス
3 糖化ストレスとは
4 糖化ストレスの要因とその由来
5 糖化ストレスに対する応答
6 糖化ストレスと疾患
7 おわりに
第11章 グリケーションと骨粗鬆症
1 はじめに
2 骨質の規定因子としてのコラーゲン
3 骨コラーゲンのAGEs化の実際とその評価法
4 骨コラーゲンのAGEs蓄積に影響する因子
4.1 糖化,酸化,カルボニルストレスの亢進
4.2 加齢
4.3 骨代謝回転の低下
4.4 肥満
4.5 性別(男性であること)
5 骨コラーゲンのAGEs蓄積が骨質へおよぼす影響
5.1 無秩序な架橋形成
5.2 酵素的架橋の生成阻害
5.3 IntegrinやNCPsの結合阻害
5.4 骨系細胞への毒性
5.5 微細損傷の蓄積
5.6 HAPs配向性の異常
5.7 結合水の減少
6 AGEsに着目した骨質改善治療
6.1 SERM
6.2 TPTD
6.3 活性型ビタミンD3誘導体製剤
6.4 ビタミンK2
第12章 グリケーションとアレルギー
1 はじめに
2 グリケーションがアレルゲンの免疫原性に及す影響
2.1 食物アレルギーの感作メカニズム
2.2 抗原提示細胞による糖化アレルゲンの取り込み
2.3 糖化アレルゲンによるT細胞分化の促進
3 グリケーションがアレルゲンのアレルゲン性に及す影響
3.1 食物アレルギーの発症メカニズム
3.2 終末糖化産物のIgE反応性や脱顆粒反応誘導能
4 グリケーションを利用したハイポアレルゲン作成のポテンシャル
第13章 グリケーションと眼科疾患
1 体内でも生じるグリケーション
2 グリケーション産物の蓄積と生体の変化
3 糖尿病に伴う目の病気とグリケーション
4 加齢に伴う目の病気とグリケーション
4.1 白内障
4.2 瞼裂斑
4.3 加齢黄斑変性症
5 グリケーションの予防により目の病気は予防できるか?
第14章 グリケーションと統合失調症
1 はじめに
2 統合失調症と糖化(カルボニルストレス)
3 カルボニルストレスが亢進した統合失調症の臨床特徴
4 カルボニルストレス性統合失調症のマウスモデル研究
4.1 ビタミンB6(VB6)欠乏マウス [環境要因のモデル]
4.2 Glo1 KO×VB6欠乏マウス [遺伝と環境要因を組み合わせたモデル]
5 iPS細胞由来神経系細胞を用いたモデル研究
6 社会還元に向けた新たな取り組み
7 おわりに
第15章 グリケーションと糖尿病合併症
1 はじめに
2 グリケーションと細小血管障害
2.1 網膜症
2.2 糖尿病性腎症
2.3 神経障害
3 グリケーションと大血管障害
4 グリケーションと白内障
5 グリケーションとがん
6 グリケーションと認知症
7 おわりに
第16章 グリケーションとサルコペニア
1 サルコペニアとは
1.1 サルコペニアの歴史
1.2 サルコペニアの定義と診断(AWGS2019)
1.3 サルコペニアの危険因子と病態生理
2 AGEsとサルコペニアとの関係
2.1 AGEsと骨格筋量の減少との関係
2.2 AGEsと骨格筋機能(筋力,身体機能)の低下との関係
3 AGEsがサルコペニアに影響する要因
3.1 AGEsが骨格筋量の低下と関連するメカニズム
3.2 AGEsが骨格筋機能の低下と関連するメカニズム
4 AGEsが高値のサルコペニア患者への介入
5 まとめ
第17章 グリケーションと腎臓病
1 はじめに
2 腎臓はAGEsを排泄するデトックス臓器
3 糖化ストレスから見る腎臓病の病因論
3.1 糖尿病性腎臓病(DKD):糖尿病が原因の慢性腎臓病
3.2 DKD以外の腎臓病:炎症・酸化ストレス,腎臓老化などとの関連性
4 総括
第18章 メイラード反応との関連が報告されている疾患マーカーおよびAGEsセンサによる簡易測定
1 はじめに
2 臨床で用いられているメイラード反応関連マーカー
2.1 ヘモグロビンA1c (HbA1c)
2.2 グリコアルブミン (GA)
2.3 ペントシジン (Pentosidine)
3 AGEsセンサと病態の関連
3.1 簡易測定を必要とする社会背景
3.2 指尖経皮蛍光測定装置 AGEsセンサのデビュー
3.3 糖尿病合併症との相関
4 おわりに
第19章 GLやFL,2SC等,今後マーカーとしての利用が期待される構造について
第20章 診断と治療:抗老化
1 老化とは
2 糖化反応(メイラード反応)と老化
3 診断への利用
4 治療への利用
5 今後の課題と展望
第21章 診断と治療:抗糖化ストレス薬
1 はじめに
2 アミノグアニジン
3 チアミンとベンフォチアミン
4 ピリドキサミン
5 N-フェナシルチアゾリウムブロミド
6 アラゲブリウム
7 統合失調症に対するピリドキサミンの効果
【第III編 食品におけるメイラード反応】
第22章 加工・調理におけるメイラード反応
1 はじめに
2 植物性食品の加工・調理におけるメイラード反応
2.1 小麦粉
2.2 米
2.3 野菜
3 動物性食品の加工・調理におけるメイラード反応
3.1 魚肉
3.2 食肉
3.3 乳
4 発酵・醸造食品におけるメイラード反応
4.1 みそ・醤油
4.2 みりん
4.3 清酒・ビール
5 おわりに
第23章 メイラード反応と食品の色調
1 はじめに
2 メイラード反応による着色・褐変
3 メラノイジンの推定構造および褐変物質の生成機構
第24章 聴覚・触覚とおいしさ
1 はじめに
2 破砕音とおいしさ
2.1 音とテクスチャー用語
2.2 口腔内での振動と音の発生,伝播,感知
2.3 破砕音の機器分析と官能評価
3 米菓の口どけ感
3.1 口どけ感と物性
3.2 内部構造と口どけ感
4 おわりに
第25章 メイラード反応により生成される香り
1 メイラード反応で生成する香気成分
2 メイラード反応で生成する香気の嗜好性
3 メイラード反応により生成する香気の生理作用
第26章 メイラード反応生成香気の保健的機能性
1 はじめに
2 メイラード反応により生成する香気の生理作用~ラットにおける検討~
2.1 アミノ酸-グルコース系メイラード反応生成香気が生体パラメーターに及ぼす影響
2.2 DMHFの吸入が食欲に及ぼす影響
2.3 DMHFの吸入が遺伝子発現に及ぼす影響
3 メイラード反応により生成する香気の生理作用~ヒトにおける検討~
3.1 メイラード反応生成香気の吸入がヒトの気分に及ぼす影響
3.2 DMHFおよび3DPの吸入によるヒト自律神経活動および脳活動量の評価
4 おわりに
第27章 脂質とメイラード反応
1 脂質メイラード反応の発見
2 質量分析を用いた脂質メイラード産物の解析
3 LC-MS/MSによる新たな脂質メイラード産物の解析
4 リポソーム基材としての脂質メイラード産物の活用
5 おわりに
第28章 メイラード反応により生成する有害物質
1 はじめに
2 食品中でメイラード反応により生成される有害物質
2.1 ヘテロサイクリックアミン
2.2 アクリルアミド
2.3 フラン
2.4 4-メチルイミダゾール
2.5 終末糖化産物
3 アクリルアミドの生成制御
4 おわりに
第29章 醤油・味噌の特有香気成分の生成とメイラード反応
1 はじめに:醤油・味噌は「香り」の調味料
2 味噌と醤油に共通する特有香気成分HEMFはメイラード反応と酵母の関与で生成する
3 リボース,グリシン,グルコースの安定同位体(13C)を用いたHEMF生成経路の解明
4 醤油とみりんの調味液は,加熱によるメイラード反応で香りが豊かになる
5 加熱による「こうばしい香り」にチオール化合物が寄与する
6 本醸造醤油には、加熱で生成する香りの前駆物質が豊富にある
7 まとめ:発酵調味料「味噌・醤油」の香りを次世代へ伝える
第30章 食肉とメイラード反応
1 はじめに
2 香気成分
3 コク味物質
4 その他のアミノ酸あるいはタンパク質と糖との反応物
第31章 乳製品とメイラード反応
1 牛乳の加熱殺菌
2 牛乳のメイラード反応
2.1 概要
2.2 風味への影響
2.3 ラクトース関与のメイラード反応
2.4 メイラード反応生成物を利用した牛乳の品質管理
3 チーズのメイラード反応
第32章 コーヒーの焙煎とメイラード反応
1 はじめに
2 焙煎におけるメイラード反応
3 メイラード反応における前駆物質
4 コーヒーの色づき
5 香気成分の形成
6 メイラード反応生成物の機能性
7 おわりに
第33章 メイラード反応を利用した調味料
1 はじめに
2 熟成食品の解析から
2.1 MRPsについて
2.2 MRPsのこく付与効果
2.3 MRPsの塩味増強効果
2.4 調味料への応用
3 加熱調理食品の解析から
3.1 ピラジン類など香気成分のこく付与効果について
3.2 食品の香気特性の再現
4 おわりに
第34章 ペットフードとメイラード反応
1 はじめに
2 ペットフードの製造
3 ペットフードとメイラード反応
4 メイラード反応の利用による嗜好性の向上
5 メイラード反応の利用による機能性の付与
6 おわりに
第35章 天然物由来の糖化制御物質
1 はじめに
2 CML生成を制御する化合物
3 CMA生成を制御する化合物
4 Pentosidine生成を制御する物質
5 おわりに
第36章 天然物由来の抗糖化物質
1 はじめに
2 AGEs生成阻害効果の評価方法
3 AGEs生成を阻害する天然物化合物
4 おわりに
第37章 海藻由来の抗糖化物質
1 はじめに
2 フロロタンニン類
3 フロロタンニン類を生産する主な海藻類
4 フロロタンニン類の抗糖化活性
4.1 アルブミン-メチルグリオキサール
4.2 アルブミン-グリセルアルデヒド
4.3 コラーゲン-グリオキサール
5 その他
6 おわりに